・・・また一つの都府の市民というごとき抽象的の団体を考うる時はその要素たる各個人とは独立に時とともに不変なる標準も考えらるれども、一般には必ずしも然らず。例えば一般の東京市民にとりては、夜半の小雨はあえて利害を感ぜざるべきも昼間の雨には無頓着なら・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・エネルギーの全量は不変でも、それはこの時計の進むにつれて墜落し廃頽して行く。この時計ほど適切に不可逆な時の進みを示すものはないのであろう。しかし実際このような時計があったとしても、それが吾人の日常普通の目的に適当したものではないかもしれぬ。・・・ 寺田寅彦 「時の観念とエントロピーならびにプロバビリティ」
・・・人間の思想やその思想に伴って推移する感情も石や土と同じように、古今永久変らないものと看做したなら一定不変の型の中に押込めて教育する事もできるし支配する事も容易でしょう。現に封建時代の平民と云うものが、どのくらい長い間一種の型の中に窮屈に身を・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・二百五十余年、一定不変と名けたる権力に平均を失い、その事実に顕われたるものは、この度の事件をもって始とす。(事は文久三癸亥 この事情に従て維新の際に至り、ますます下士族の権力を逞うすることあらば、或は人物を黜陟し或は禄制を変革し、なお甚・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・三千年前の項羽を以て今日の榎本氏を責るはほとんど無稽なるに似たれども、万古不変は人生の心情にして、氏が維新の朝に青雲の志を遂げて富貴得々たりといえども、時に顧みて箱館の旧を思い、当時随行部下の諸士が戦没し負傷したる惨状より、爾来家に残りし父・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・ 永劫不変の真の中に、絶えずえんえんと焔を吐く太陽に向って私は、斯く叫ぶのである。 真の幹に咲く、箇人主義の花ほど偉大なるはない。実る自己完成の果実は、千万人の喉をうるおわす宙を蓄えて居る、と。・・・ 宮本百合子 「大いなるもの」
・・・人間の本能は不変であるから、社会制度が、たとえどんなに理想的に変ったって、人間が人間である以上は変らないというのです。生存競争の慾望、所有慾、そういうものがある以上、社会制度が変っても人間は変らないとおっしゃる。ここのところを、私たちは本当・・・ 宮本百合子 「社会と人間の成長」
・・・けれども人類の歴史は常に進歩に向って動いて来ているので、その間に生じる鋭く深刻な矛盾で、当面の生活にどんな障害や停滞や退歩がおこり、生活の低下が生じたとしても、私たちがそれをのりこえてゆく努力の方向は不変に進歩への方角の探究でなくてはならな・・・ 宮本百合子 「その先の問題」
・・・ プレハーノフの女弟子、ソヴェト同盟のマルクス主義機械論的修正派の最も有名な代表者アクセリロードは、「トルストイの創作を批評するのにもスピノザの哲学を分析する際にも、彼女は永久不変の道徳法から出発している。彼女は、新カント派と多くの・・・ 宮本百合子 「婦人作家は何故道徳家か? そして何故男の美が描けぬか?」
・・・レオニード・グレゴリウィッチが彼女の夫であると同じそれは不変の事実だ。ああ、リョーニャ! ダーリヤ・パヴロヴナの素朴な顔はその名に燃える。彼と、今自分の体の中で次第に重く、何とも云えぬ可愛いさで重く重くと育って来る嬰児とに向って、彼女の心臓・・・ 宮本百合子 「街」
出典:青空文庫