・・・元来品行の正邪は本人の性質に由り時の事情に由り教育の方法にも由ることなれども、就中これを不正に導くものは家風に在りと断言して可なり。幼少の時より不整頓不始末なる家風の中に眠食し、厳父は唯厳なるのみにして能く人を叱咤しながら、其一身は則ち醜行・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ ゆえに、貿易に不正あれば、商人の恥辱なり、これによりて利を失えば、その愚なり。学芸の上達せざるは、学者の不外聞なり、工業の拙なるは、職人の不調法なり。智力発達せずして品行の賤しきは、士君子の罪というべし。昔日鎖国の世なれば、これらの諸・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・いわんや父母の言行ともに不正なるをや。いかでその子の人たるを望むべき。孤子よりもなお不幸というべし。 あるいは父母の性質正直にして、子を愛するを知れども、事物の方向を弁ぜず、一筋に我が欲するところの道に入らしめんとする者あり。こは罪なき・・・ 福沢諭吉 「中津留別の書」
・・・剰え、最初は自分の名では出版さえ出来ずに、坪内さんの名を借りて、漸と本屋を納得させるような有様であったから、是れ取りも直さず、利のために坪内さんをして心にもない不正な事を為せるんだ。即ち私が利用するも同然である。のみならず、読者に対してはど・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・然し、性慾は、或は夫婦間の交接と云う事は、左様云うような不正な、根本的に暗黒と、否定と、堕落とを意味するものであろうか。 勿論、其にふける事は恐ろしい。其の機械として対手を見、その快楽から、人格的価値抜きに対手を抱擁する事は愧ずべき事だ・・・ 宮本百合子 「黄銅時代の為」
・・・相当な注意をもって比較した結果、信用した店を買いつけにしているので、実験上の不正事実は思いあたりません。後ればせながら、御返事申上ます。〔一九二一年十一月〕 宮本百合子 「「小売商人の不正事実」について」
是非を超えた最後の手段として離婚は認めなければなりません。内外的原因によって過った結婚をし人間としてその異性との生活が、救済の余地無い程の破綻を生じた場合、より以上の不正、人格的堕落を防止する為には、強制的、又相互的離婚を・・・ 宮本百合子 「心ひとつ」
・・・人を躾けるやり方についても、小さい不正の度重なる方が、まれに大きい不正を犯すよりは重大である、ということを見抜くのは、やはり算用である。大なるとがはまれであるが、小なるとがは日々に犯されるゆえに、ほっておけば習性になる。だから大きいとがは人・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・予はある不正のあることを予感した。反省が予の心に忍び込んだ。そこで打ち砕いた殻のなかに美味な漿液のあることを悟る機会が予の前に現われた。予はそれをつかむとともに豊富な人性の内によみがえった。―― そこに危機があった。そうして突破があった・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
・・・あたかも自分の上に降りかかった小さな出来事が何か大きい不正ででもあるかのように。――あの人たちを見ろ。静かに運命の前に首を垂れているあの人たちを見ろ。あれが人間だ。 ある暗示が私の胸に沁み入った。私は何かを呪うような気持ちになった先ほど・・・ 和辻哲郎 「停車場で感じたこと」
出典:青空文庫