・・・折井は神田でちゃちな与太者に過ぎなかったが、一年の間に浅草の方で顔を売り、黒姫団の団長であった。浅草へゆくと、折井は簪を買ってくれたり、しるこ屋へ連れて行ってくれたり、夜店の指輪も折井が買うと三割引だった。「こんな晩くなっちゃ、うちへ帰・・・ 織田作之助 「妖婦」
・・・毎日朝から、いろいろ大小の与太者が佐吉さんの家に集ります。佐吉さんは、そんなに見掛けは頑丈でありませんが、それでも喧嘩が強いのでしょうか、みんな佐吉さんに心服しているようでした。私が二階で小説を書いて居ると、下のお店で朝からみんながわあわあ・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・ 与太者らしい二人の客を相手にして、「愛とは、何だ。わかるか? 愛とは、義務の遂行である。悲しいね。またいう、愛とは、道徳の固守である。更にいう、愛とは、肉体の抱擁である。いずれも聞くべき言ではある。そうかも知れない。正確かも知れない。・・・ 太宰治 「作家の像」
・・・知らない人は、私をその辺の不潔な与太者と見るだろう。また私を知っている人でも、あいつ相変らずでいやがる、よせばいいのに、といよいよ軽蔑するだろう。私はこれまで永い間、変人の誤解を受けて来たのだ。「どうです。新宿の辺まで出てみませんか。」・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・キルケのごとくすべての人間を動物に化することもあるが、また反対にとんでもない食わせものの与太者を大人物に変化させることもできるのは天下周知の事実であって事新しく述べ立てるまでもないことであろう。そうしてだれしもそれを承知していながら知らず知・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・しかも、その嫌疑が造作もなく晴れるようではこの「与太者ユーモレスク、四幕、十一景」は到底引き延ばせるはずがないので、それで、この嫌疑をなるべく濃厚に念入りにするために色々と面倒な複雑なメカニズムが考案されなければならないのである。こういう考・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
一 朝飯がすんで、雑役が監房の前を雑巾がけしている。駒込署は古い建物で木造なのである。手拭を引さいた細紐を帯がわりにして、縞の着物を尻はし折りにした与太者の雑役が、ズブズブに濡らした雑巾で出来るだけゆ・・・ 宮本百合子 「刻々」
出典:青空文庫