・・・ところが、この事件のあった二日後の同じ新聞には、既に次のような記事が出ているのだ。「流血の検挙をよそに闇煙草は依然梅田新道にその涼しい顔をそろへてをり、昨日もまた今日もあの路地を、この街角で演じられた検挙の乱闘を怖れる気色も・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・それに一体にこの区内では余り大した事件が無いようだが、そうでもないかね?」「いや、いつだって同じことさ。ちょい/\これでいろんな事件があるんだよ」「でも一体に大事件の無い処だろう?」「がその代り、注意人物が沢山居る。第一君なんか・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・ 私とK君とが口を利いたのは、こんなふうな奇異な事件がそのはじまりでした。そして私達はその夜から親しい間柄になったのです。 しばらくして私達は再び私の腰かけていた漁船のともへ返りました。そして、「ほんとうにいったい何をしていたん・・・ 梶井基次郎 「Kの昇天」
・・・ 又た少女の室では父と思しき品格よき四十二三の紳士が、この宿の若主人を相手に囲碁に夢中で、石事件の騒ぎなどは一切知らないでパチパチやって御座る。そして神崎、朝田の二人が浴室へ行くと間もなく十八九の愛嬌のある娘が囲碁の室に来て、「家兄・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・彼の熱情は群衆に感染して、克服しつつ、彼の街頭宣伝は首都における一つの「事件」となってきた。 既成教団の迫害が生ずるのはいうまでもない成行きであった。また鎌倉政庁の耳目を聳動させたのももとよりのことであった。 法華経を広める者には必・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・…… 六 これは、ほんの些細な、一小事件にすぎなかった。兵卒達は、パルチザンの出没や、鉄橋の破壊や、駐屯部隊の移動など、次から次へその注意を奪われて、老人のことは、間もなく忘れてしまった。 丘の病院からは、谷間・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・日本でも時飛んでもないことをする者があって、先年西の方の某国で或る貴い塋域を犯した事件というのが伝えられた。聞くさえ忌わしいことだが、掘出し物という語は無論こういう事に本づいて出来た語だから、いやしくも普通人的感情を有している者の使うべきで・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・ドレフュー事件の際に於ける仏国軍人の盲従は、未だ以って彼等の道心欠乏を証するに足らずと。果して然る乎。 幸徳秋水 「ドレフュー大疑獄とエミール・ゾーラ」
弟が面会に行くとき、今度の事件のことをお前に知らせるようにと云ってやった。 差入のことや家のことや色々なことを云った後で、弟は片方の眼だけを何べんもパチ/\させながら、「故里の方はとても吹雪いているんだって。」と云った・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・二 とにかく、しかし、そんな大笑いをして、すまされる事件ではございませんでしたので、私も考え、その夜お二人に向って、それでは私が何とかしてこの後始末をする事に致しますから、警察沙汰にするのは、もう一日お待ちになって下さいまし・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
出典:青空文庫