・・・男同士ならばますます親密の交わりができるのに男女となるとそうはゆかない。実につまらない世の中だ。わが身心をわが思いに任せられないとは、人間というものは考えて見るとばかげきったものだ。結婚せねばならぬという理屈でよくは性根もわからぬ人と人為的・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・いもよらず候兄はそなたが上をうらやみせめて軍夫に加わりてもと明け暮れ申しおり候ここをくみ候わば一兵士ながらもそなたの幸いはいかばかりならんまた申すまでもなけれど上長の命令を堅く守り同列の方々とは親しく交わり艱難を互いにたすけ合い心を一にして・・・ 国木田独歩 「遺言」
・・・ 友の交わりを続けてよとの御意、承りぬ。これより後なお真の友義というものわれらが中に絶えずば交わりは勉めずとも深かるべし、ただわが言うべきを言わしめたまえ、貴嬢のなすべきことは弁解を力むることにはあらで、諸手を胸に加え厳かに省みたもうこ・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・、うらうらと照る日影は人の心も筋も融けそうに生あたたかに、山にも枯れ草雑りの青葉少なからず日の光に映してそよ吹く風にきらめき、海の波穏やかな色は雲なき大空の色と相映じて蒼々茫々、東は際限なく水天互いに交わり、北は四国の山々手に取るがごとく、・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・ 林の貫きて真直に通う路あり、車もようよう通い得るほどなれば左右の梢は梢と交わり、夏は木の葉をもるる日影鮮やかに落ちて人の肩にゆらぎ、冬は落ち葉深く積みて風吹く終夜物のささやく音す。一年と五月の間にかれこの路を往来せしことを幾度ぞ。この・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・元来日本人は「水魚の交わり」とか「血を啜って結盟する」とか「二世かけてちぎる」とかいうような、深い全身全霊をかけての結合をせねばやまない激しいところを持っている。これが対人関係における日本的性格の一つの著しい特徴であろう。したがっていったん・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・世間に出て友だち仲間に交わりたいような夕方でも来ると、私は太郎と次郎の二人を引き連れて、いつでも腰巾着づきで出かけた。 そのうちに、私は末子をもその宿屋に迎えるようになった。私は額に汗する思いで、末子を迎えた。「二人育てるも、三人育・・・ 島崎藤村 「嵐」
中津留別の書 人は万物の霊なりとは、ただ耳目鼻口手足をそなえ言語・眠食するをいうにあらず。その実は、天道にしたがって徳を脩め、人の人たる知識・聞見を博くし、物に接し人に交わり、我が一身の独立をはかり、我が一家の・・・ 福沢諭吉 「中津留別の書」
・・・ 蕪村の交わりし俳人は太祇、蓼太、暁台らにしてそのうち暁台は蕪村に擬したりとおぼしく、蓼太は時々ひそかに蕪村調を学びしこともあるべしといえども、太祇に至りては蕪村を導きしか、蕪村に導かれしか、今これを判するを得ず。とにかくに蕪村が幾分か・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・そのなかに打ち交わりながら、自分の苦悩がこの若い人たちとは無縁であること、そして、自分の苦しみは見っともなくて重苦しいことを何と切なく感じたことだろう。午後になって、みんな海岸へ出かけた。暖かい晩秋の日光が砂丘をぬくめているところへ、一列に・・・ 宮本百合子 「青春」
出典:青空文庫