・・・夕方から雨がふったのと、人数も割に少かったのとで、思ったよりや感じがよかった。その上二階にも一組宴会があるらしかったが、これも幸いと土地がらに似ず騒がない。所が君、お酌人の中に―― 君も知っているだろう。僕らが昔よく飲みに行ったUの女中・・・ 芥川竜之介 「片恋」
・・・自分一人でさえ断れそうな、この細い蜘蛛の糸が、どうしてあれだけの人数の重みに堪える事が出来ましょう。もし万一途中で断れたと致しましたら、折角ここへまでのぼって来たこの肝腎な自分までも、元の地獄へ逆落しに落ちてしまわなければなりません。そんな・・・ 芥川竜之介 「蜘蛛の糸」
・・・大人数なために稼いでも稼いでも貧乏しているので、だらしのない汚い風はしていたが、その顔付きは割合に整っていて、不思議に男に逼る淫蕩な色を湛えていた。 仁右衛門がこの農場に這入った翌朝早く、与十の妻は袷一枚にぼろぼろの袖無しを着て、井戸―・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ 乏しい様子が、燐寸ばかりも、等閑になし得ない道理は解めるが、焚残りの軸を何にしよう…… 蓋し、この年配ごろの人数には漏れない、判官贔屓が、その古跡を、取散らすまい、犯すまいとしたのであった――「この松の事だろうか……」 ―・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・て、花見、遊山に出掛けるのが、この前通りの、優しい大川の小橋を渡って、ぞろぞろと帰って来る、男は膚脱ぎになって、手をぐたりとのめり、女が媚かしい友染の褄端折で、啣楊枝をした酔払まじりの、浮かれ浮かれた人数が、前後に揃って、この小路をぞろぞろ・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・これから牛という事でその手配にかかった。人数が少くて数回にひくことは容易でない。二十頭の乳牛を二回に牽くとすれば、十人の人を要するのである。雨の降るのにしかも大水の中を牽くのであるから、無造作には人を得られない。某氏の尽力によりようやく午後・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・家康はこれを見て彼の家来に命じて人数の少い方を手伝ってやれといった。多い方はよろしいから少い方へ行って助けてやれといった。これが徳川家康のエライところであります。それでいつでも正義のために立つ者は少数である。それでわれわれのなすべきことはい・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・ 東京を出るときには、にぎやかで、なんとなく明るく、美しい人たちもまじっていた車室の内は、遠く都をはなれるにしたがって人数も減って、急に暗くわびしく見えたのでした。そのとき、汽車は、山と山の間を深い谷に沿うて走っていたのです。「まあ・・・ 小川未明 「青い星の国へ」
・・・ 朝落合の火葬場から持ってきたばかしの遺骨の前で、姉夫婦、弟夫婦、私と倅――これだけの人数で、さびしい最後の通夜をした。東京には親戚といって一軒もなし、また私の知人といっても、特に父の病死を通知して悔みを受けていいというほどの関係の人は・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・見たまうごとく家という家いくばくありや、人数は二十にも足らざるべく、淋しさはいつも今宵のごとし。されど源叔父が家一軒ただこの磯に立ちしその以前の寂しさを想いたまえ。彼が家の横なる松、今は幅広き道路のかたわらに立ちて夏は涼しき蔭を旅人に借せど・・・ 国木田独歩 「源おじ」
出典:青空文庫