・・・われわれ傍観者には戦争前にはなくて戦敗後に現れて一代の人気に投じたという処に観察の興味があるのだ。 ジャズを踊る踊子は戦争前には腰と乳房とを隠していたのであるが、モデルが出るようになってから、それも出来得るかぎり隠す部分の少いように仕立・・・ 永井荷風 「裸体談義」
・・・赤くぜんざいとかいてある。人気のない軒下にぜんざいはそもそも何を待ちつつ赤く染まっているのかしらん。春寒の夜を深み、加茂川の水さえ死ぬ頃を見計らって桓武天皇の亡魂でも食いに来る気かも知れぬ。 桓武天皇の御宇に、ぜんざいが軒下に赤く染め抜・・・ 夏目漱石 「京に着ける夕」
・・・広い寺だから森閑として、人気がない。黒い天井に差す丸行灯の丸い影が、仰向く途端に生きてるように見えた。 立膝をしたまま、左の手で座蒲団を捲って、右を差し込んで見ると、思った所に、ちゃんとあった。あれば安心だから、蒲団をもとのごとく直して・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・ 何かの、パンだとか、魚の切身だとか、巴焼だとかの包み紙の、古新聞が、風に捲かれて、人気の薄い街を駆け抜けた。 雨が来そうであった。 私の胸の中では、毒蛇が鎌首を投げた。一歩一歩の足の痛みと、「今日からの生活の悩み」が、毒蛇をつ・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・どうして、第一次ヨーロッパ大戦後のドイツに、ヒトラーの運命が、そんな人気を博したのであったろうか。内山氏の紹介は、「まったく敗戦後のドイツの姿は、今日の日本を彷彿させるものがある」と当時の事情にふれている。大戦後の混乱は有名なマークの暴落を・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・みんな順ぐりだ。人気ないプラットフォームの上に立って車掌がおろした荷物の番をしている。足の先に覚えがなくなった。 ――寒いですね。 猟銃を肩にかけて皮帽子をかぶった男が、やっぱり荷物の山の前に立って、足ぶみしながら云った。 ――・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・どうしてそんなに人気が悪いのでしょう」 二人の子供は、はずんで来る対話の調子を気にして、潮汲み女のそばへ寄ったので、女中と三人で女を取り巻いた形になった。 潮汲み女は言った。「いいえ。信者が多くて人気のいい土地ですが、国守の掟だから・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・小倉は人気が悪くて、物価が高い。殊に屋賃をはじめ、将校の階級によって価が違うのは不都合である。休暇を貰っても、こんな土地では日の暮らしようがない。町中に見る物はない。温泉場に行くにしても、二日市のような近い処はつまらず、遠い処は不便で困る。・・・ 森鴎外 「鶏」
市の中心を距ること遠き公園の人気少き道を男女逍遥す。 女。そこでこれ切りおしまいにいたしましょうね。まあ、お互に成行に任せた方が一番よろしゅうございますからね。つまりそうした時が来ましたのですわ。さあ、お別れにこの手に・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
・・・特に政道に私なく、租税を軽減したということが、民衆の人気を得たゆえんであろう。その具体的な現われは、小田原の城下町の繁盛であった。それは京都の盛り場よりも繁華であったといわれているが、戦乱つづきの当時の状況を考えると、実際にそうであったかも・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫