・・・さあ、綺麗に仲直りをしましょう。わたしの失礼は赦して下さい。王子 わたしの失礼も赦して下さい。今になって見ればわたしが勝ったか、あなたが勝ったかわからないようです。王 いや、あなたはわたしに勝った。わたしはわたし自身に勝ったのです。・・・ 芥川竜之介 「三つの宝」
・・・ こんな訳で話はそれからそれと続く、利助の馬鹿を尽した事から、二人が殺すの活すのと幾度も大喧嘩をやった話もあった、それでも終いには利助から、おれがあやまるから仲直りをしてくろて云い出し誰れの世話にもならず、二人で仲直りした話は可笑しかっ・・・ 伊藤左千夫 「姪子」
・・・ よんどころなく善平は起き直りて、それでは仲直りに茶を点れようか。あの持って来た干菓子を出してくれ。と言えば、知りませぬ。と光代はまだ余波を残して、私はお湯にでも参りましょうか。と畳みたる枕を抱えながら立ち上る。そんなことを言わずに、こ・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・サア、味噌までにも及びません、と仲直り気味にまず予に薦めてくれた。花は唇形で、少し佳い香がある。食べると甘い、忍冬花であった。これに機嫌を直して、楽しく一杯酒を賞した。 氏はまた蒲公英少しと、蕗の晩れ出の芽とを採ってくれた。双方共に苦い・・・ 幸田露伴 「野道」
・・・おさださんとはもうこの通り仲直りしたで」「ええええ、何でもありませんよ」 とおさだの方でも事もなげに笑って、盆の上の皿を食卓へと移した。「うん、田舎風の御馳走が来たぞ。や、こいつはうまからず」 と直次も姉の前では懐しい国言葉・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・さあ、仲直りに二人で踊れよおい、と五合ばかり取ってきた。その時の女房との条約に基いて、店の狐は翌日から姿を隠してしまった。ほかの狐が箱にはいって城下の人形屋から来て、ふたたび店に立ったのはついこの間の事である。今度のは大きさも鼬ぐらいしかな・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・六年まえの初秋に、百円持って友人三人を誘って湯河原温泉に遊びに行き、そうして私たち四人は、それぞれ殺し合うほどの喧嘩をしたり、泣いたり、笑って仲直りしたときのことを書くつもりであったのだが、いやになった。なんということも無い、謂わば、れいの・・・ 太宰治 「俗天使」
・・・「もう言わない、言わない。仲直りにお茶を一杯。湯が沸いてるなら、濃くして頼むよ」「いやなことだ」と、お梅は次の間で茶を入れ、湯呑みを盆に載せて持って来て、「憎らしいけれども、はい」「いや、ありがたいな。これで平田を口説いたのと差・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・悪党どもなら匕首を振った後に仲直りするような場合にも、愛する者同志は、ただ一瞥一語のためにも仲をたがえ取り返すべからざるに至る。こうした心情生活が、殆ど完璧の域にあったことの記憶の中に説明のつきかねることの往々ある離別の秘密がひそんでいるの・・・ 宮本百合子 「バルザックについてのノート」
出典:青空文庫