・・・ わたくしは夜烏子がこの湯灌場大久保の裏長屋に潜みかくれて、交りを文壇にもまた世間にも求めず、超然として独りその好む所の俳諧の道に遊んでいたのを見て、江戸固有の俳人気質を伝承した真の俳人として心から尊敬していたのである。子は初め漢文を修・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・辞書や伝承によって、鈍甲、胴甲、貪魚、鈍魚、などという字があててあるが、どれがほんとうなのか、私は知らない。しかし、鈍魚という字が面白く、また、ドンコの性格をよくあらわしているので、私は東京阿佐ヶ谷の寓居に「鈍魚庵」という名をつけている。正・・・ 火野葦平 「ゲテ魚好き」
・・・あわれはかなき人の世のうつろいを暗示する姿として自然が文学に描かれ、徳川時代の町人文学の擡頭時代には、すでに万葉時代の暢やかさ、豊醇さは自然の描写から遠く失われ、一方に無情的自然観を伝承していると同時に、町人の遊山の場面として生活に入って来・・・ 宮本百合子 「自然描写における社会性について」
・・・民族の分布、社会の発生、習俗の伝承、あらゆる科学・芸術はどんなにして生まれて来たのだろうか。それ等の問いに答えるのは世界文化史である。 私たちは西洋史も東洋史も国史も習って来たわけであった。けれども、今より進歩した欲求で人類の文化の跡を・・・ 宮本百合子 「世代の価値」
・・・太閤記と云う名をきいただけで、日本の庶民の伝承のうちにめをさます予備感情がある。だから、戦時中は小才のきく部隊長のような藤吉郎が清洲築城に活躍しても、よむ人は、逆に、やっぱり秀吉ほどの人物は、と、自分たちが非人間に扱われている現状に屈する方・・・ 宮本百合子 「その柵は必要か」
・・・プロレタリア文学の業績は摂取され正しく伝承されなければ民主主義文学はその成長の骨髄を失うだろう。 なぜなら、当時既に日本にも労働者階級が発生し、階級の対立が現実していた。現世紀の社会歴史の発展は、あらゆる段階とそれに応じた様々の様相を通・・・ 宮本百合子 「プロレタリア文学の存在」
出典:青空文庫