・・・れが日に百本も売れる以上は、我々の購買力が此の便利ではあるが贅沢品と認めなければならないものを愛玩するに適当な位進んで来たのか、又は座右に欠くべからざる必要品として価の廉不廉に拘わらず重宝がられるのか何方かでなければならない。然し今其源因を・・・ 夏目漱石 「余と万年筆」
・・・コペルニカスの地動説が真理であろうが、トレミーの天動説が真理であろうが、そういうことは何方でもよい。徳行の点から見ても、宗教は自ら徳行を伴い来るものであろうが、また必ずしもこの両者を同一視することはできぬ。昔、融禅師がまだ牛頭山の北巌に棲ん・・・ 西田幾多郎 「愚禿親鸞」
・・・夫の許さゞるには何方へも行くべからず。私に人に饋ものすべからず。 我さとの親の方に私して夫の方の親類を次にす可らず、正月節句などにも云々、是れは前にも申す通り表面の儀式には行わる可きなれども、人情の真面目に非ず。又夫の許さゞるに・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・余程急に出立でもしなければならないのか、又はその転地が夫婦にとって余程の大事件であるか、何方にしろ只ごとではないと思わせた動顛と苦しさとが彼女の全身に漲っていたのである。 千代は、凋れた表情になり、両手を痛々しくひきしぼりながら、「・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・今は法律があって、何方が悪いかは役所で調べてくれる。一人人を殺せば……」 お前も死ななければならないからと、頭の中でいいつづけようとし、私ははたと当惑した。吉さは既に女房を殺してい、「どうせその一人はやっちまったごんだ、こうなりゃ、うぬ・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・ 男は、何方かといえば子供らしい、きかん気の子供らしいその外国人の顔を見下しながら、敷居の上から薄笑いした。 私共も、思わず微笑した。併し、何処の人だか、見分けがつかなかった。「あちら、こちら……ない家歩いて、金沢山取ることあり・・・ 宮本百合子 「思い出すこと」
・・・急行は何方につくのかときいて見ると、ブリッジを渡った彼方だと云う。A、バスケット、かんづめ包をふりわけにし、自分は袋、水とう、魚カゴを下げ、いそぎブリッジを渡って、彼方できくと、彼方側だと云う。又、今度は時間がないのでかけて元の方に下り、人・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
・・・ 黒板に何か書いたチョークを、両手の指先に持ち、眉間に一つ大きな黒子のある、表情の重味ある顔を、心持右か左に傾けながら、何方かと云うと速口な、然し聞とり易い落付いたアルトの声で、全心を注ぎ、講義された俤が、今に髣髴としている。 先生・・・ 宮本百合子 「弟子の心」
・・・ Aがそれを、何方かと云えば、だらしないこと、不快の分子の多いこととして感じるのを、心が、我知らず先廻りをして仕舞ったのであった。 斯様にして、自分と林町との間に丈は、皮膚の傷が自ら癒着するように、回復が来た。 一度、固執を離れ・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
・・・「貴方は何方からおいでです?」「神田。」「九段のところは皆やけましたか?」「ああ駄目駄目! やけないところなし。」 又は、「浅草は何処も遺りませんか?」 避難者の男は、黙って頭で、遺らないと云う意味を頷く。「・・・ 宮本百合子 「私の覚え書」
出典:青空文庫