・・・これに反して自然主義から云えば道義の念に訴えて芸術上の成功を収めるのが本領でないから、作中にはずいぶん汚ない事も出て来る、鼻持のならない事も書いてある。けれどもそれが道心を沈滞せしめて向下堕落の傾向を助長する結果を生ずるならばそれは作家か読・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・ ところで、作中の梅雄が学生運動の最も盛んであった時期に経験した内的成長の過程を語る部分に、次のようなところがある。「梅雄は理論的にはこの主義に何の反対も見出さなかった。ばかりでなく、これより他に……さえ信じていた。それでいて、その・・・ 宮本百合子 「落ちたままのネジ」
・・・作者としても作中の世界としてもそこに、真の思想の呼吸があり得ないことは当然な現実の帰結であった。「日蔭の村」は、やや「蒼氓」の線に近づいた傾きを示した作品であったが、ここでは、既に作者の習慣のようになった、あれこれを題材的に按配して書く・・・ 宮本百合子 「「結婚の生態」」
・・・したがって、作中の人物の分析にアンバランスがある。「伸子」のような女房をもった佃に同情すべきであるというような言葉が、著名なひとの文芸評論として登場したりした文学の時代でもあったのだった。 戦後、「伸子」が十六七歳の少女の心にも通じる女・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
・・・「作者の生活態度、人生観が作中の『私』に変貌しているかどうかということなぞということは結局どうでもいいことなのである。」「個人の経験が表現の上に客観的統制を保つ余裕のないほど切実にあたらしい社会的現実に斬りこんでいるか否かということだけが存・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・ それぞれの人物と人物との横の関係についても、作者は説明しているのであるが、作中の人物と読者の感情に訴えてくる現実のものとして確りからみあってつかまれていない憾みがあり、縦にA村全体を錯綜した利害関係によって喜愁せしめている経済情勢と各・・・ 宮本百合子 「作家への課題」
・・・とあり、その不満の理由として、ジョルジュ・サンドが、この作中でカイヨウという農夫が若者ランドリイに牛の扱い方をどういう風にするか自分でやって見せたとだけしか書いていず、そのどういう風にするかを実際に描き出していない点をあげている。岩波文庫で・・・ 宮本百合子 「生産文学の問題」
・・・ 作者のこの気象から出る作家的な気張りは、その文章の構えかたにもあらわれ、一般読者は作中の人物、事件は何となくガラスのようで、研究材料のようだとは感じつつ、ある程度まで作者の確信や度胸で遅疑なくキューと描かれている輪廓のつよさ、鮮明さに・・・ 宮本百合子 「一九三四年度におけるブルジョア文学の動向」
・・・ 宇野浩二氏は親心のびくつく大切な心理を圧えることに用心をされたのではなく、不恰好にそれをださないことに用心をされたのであって、作者と作中人物とがここまで素早く身を躱して、眼にもとまらぬ早さである。この早さが私には受けとり難い。もっとは・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・しかるに藤村は、作中の人物がまじめに相手に対して言葉によって働きかけている場合にも、「と言って見せた」という描写をやっているのである。同情なしに見る人は、ここに思わせぶりな態度とか、特殊な癖とかを認めるであろう。しかし藤村がわざわざこういう・・・ 和辻哲郎 「藤村の個性」
出典:青空文庫