・・・で、どうも険呑に思われて断行し得なかった。で、依然旧翻訳法でやっていたが、…… 併しそれは以前自分が真面目な頭で、翻訳に従事した頃のことである、近頃のは、いやもうお話しにならない。・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
・・・ 事務所は依然八重洲ビルにあり。名称も元のままですが、主体は曾禰氏が主です。ところがこの老博士は今年八十四五歳であり、君子であり品格をもった国宝的建築家でありますが、現実の社会事情からは些か霞の奥に在る。ために国男はじめ所員一同具体的な・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ のこっている老舗の一つが、依然として講談社であり、そのすべての講談社的特性において残存していることは、日本の現代に何を語るだろう。戦争の年々に老舗たる貫録を加え、「信ずるところあって筆を守って来た」或る種の作家のもちのよさが、こんにち・・・ 宮本百合子 「しかし昔にはかえらない」
・・・ 女学校が、本の生きた読みかた、使いかたを教えないことは旧態依然で、しかも個人個人として、本へのそういう薄情の培われる文化の傾きというものは、多くの考えさせるものを持っていると思う。〔一九三九年十二月〕・・・ 宮本百合子 「祖父の書斎」
・・・新しい文学そのものが自身の未熟さを脱し切れないまま発育の方向をかえなければならなくなったのみならず、その文学の動きが継続していた十年の間、依然旧態にとどまって、集約的自我に対抗し、個的な自我を純文学の名において固守して来た作家たちも、本質的・・・ 宮本百合子 「平坦ならぬ道」
・・・然るにここに幸なるは、一事の我趣味の猶依然たることを証するに足るものがある。それは何であるか。予は我読書癖の旧に依るがために、欧羅巴の新しい作と評とを読んで居る。予は近くは独逸のゲルハルト・ハウプトマンの沈鐘を読んだ。そして予はこの好処の我・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・山の手の日曜日の寂しさが、二人の周囲を依然支配している。 森鴎外 「かのように」
・・・その惰力に任せて、彼は依然こんな事をして、丁度創作家が同時に批評家の眼で自分の作品を見る様に、過ぎ去った栄華のなごりを、現在の傍観者の態度で見ているのではあるまいか。 僕の考は又一転して太郎の上に及んだ。あれは一体どんな女だろう。破産の・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・どこからどこまで充実した話か依然疑問は残りながらも、一言ごとに栖方の云い方は、空虚なものを充填しつつ淡淡とすすんでいる。梶は自分が驚いているのかどうか、も早やそれも分らなかった。しかし、どうしてこんな場合に、不意に悪人のことを自分は考えたの・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫