・・・学童を愛する点に於いては、学童たちの父母に及びもつかぬし、子供の遊び相手、として見ても、幼稚園の保姆にはるかに劣る。校舎の番人としては、小使いのほうが先生よりも、ずっと役に立つし、そもそもこの、先生という言葉には、全然何も意味が無い。むしろ・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・ 黒服を着た顔色の赤い中年の保母が、やっと歩きだしたくらいの子供の手を引いて歩いている。そのあとを赫鬚をはやしたこわい顔の男がおもちゃの熊を片手にぶら下げてノソリノソリついて歩く。ドイツ士官が若いコケットと腕を組んで自分らの前を行ったり・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・風呂に入れといって、背の高くない、身持ちの、ほっぺたが赤い一人の保姆が車輪つき椅子をころがしこんで来た。日本女は体を動かすと同時に肝臓の痛みからボロボロ涙をこぼし、風呂には入れず、涙の間から身持ちの若い保姆の白衣のふくらがりをきつく印象され・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・そこでは、白い上被を着た保母さんがいて、御飯の世話をやき、少し大きくなったら、御飯のあとでアルミニュームのお皿を洗うことも教えてくれた。 ――フフフフフ。 ミーチャは、歯みがき粉のアブクを口から垂らしながら思い出し笑いをした。 ・・・ 宮本百合子 「楽しいソヴェトの子供」
・・・発育に従って種々な変動は起っても、兎に角大体子供の時間表に準じて、今度は自分の仕事を割り当てます。保姆を置くような家庭では、主婦の自由時間はいくらでもありましょうが、普通の下女なしの家や、一人位の助手を雇っている処では、なかなか母に余裕はあ・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
「保姆」いろいろの意味で興味ふかく観た。シナリオを書かれたのが厚木たか氏という女性であることも、そしてこのひとは以前「文化映画」を翻訳しておられることも、こういう種類の記録映画の制作に何となし期待させるものがあったと思う。・・・ 宮本百合子 「「保姆」の印象」
・・・ だが、二三ヵ月で、その生活は経済的にゆきづまって以来、作者は、S女史という婦人作家の助手をやり、聾唖学校の教師になり、紡績工場の世話係、封筒かき、孤児院の保姆、小新聞の婦人記者と、変転する職業の一つ一つを、どれも本気に創作をするには適・・・ 宮本百合子 「見落されている急所」
・・・三時間おきに、保姆がめいめいの寝台に赤坊をつれてゆき、お乳をのませるという仕かけだ。 見ると、頭に赤いリボンを大きくむすびつけた揺籃が三つばかりある。「あれは何です? あの赤いリボンは……」まさか、生後二日目で、もう赤色勲章を貰った・・・ 宮本百合子 「モスクワ日記から」
・・・妻が夫の乱行に耐えず、また冷遇にたえがたくて離婚したくても、夫が承知しなければ、生涯ただ名ばかりの妻で、保姆と家政婦の日々を暮さなければならなかった。夫である男と妻となる女とが、互の愛と社会的責任において、家庭を営んでゆくのが結婚の原則であ・・・ 宮本百合子 「離婚について」
・・・ 一、保姆の手記 牧野幸子 いくらか感想文の調子の流れこんだ報告文学であると思います。働く母たちとその子への情愛はよく汲みとれますが、ルポルタージュとすると、朝七時出勤してから、その母たちが何時と何時に何分ずつ授乳の時間をもって・・・ 宮本百合子 「ルポルタージュの読後感」
出典:青空文庫