・・・この僅少の間に主人はその心の傾きを一転したと見えた。「ハハハハ、云うてしまおう、云うてしまおう。一人で物をおもう事はないのだ、話して笑ってしまえばそれで済むのだ。」と何か一人で合点した主人は、言葉さえおのずと活気を帯びて来た。「・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・そのほか公園なぞの森の中に、林間学校がいくつかひらかれていましたが、そこへかようことの出来る子たちは、全部から見ればほんの僅少な一部分にすぎませんでした。 政府は東京や、その他の被害地を再興するために復興院という役所を設けました。東京市・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・本は恥かしくて言えないほど僅少の部数しか売れなかった。街をとおる人たちは、もとよりあかの他人にちがいなかった。彼は毎夜毎夜、まちの辻々のビラをひそか剥いで廻った。 長編小説「鶴」は、その内容の物語とおなじく悲劇的な結末を告げたけれど、彼・・・ 太宰治 「猿面冠者」
・・・何しろ僅少な材料であるから何事も確かな事は云われないが、ただ一つ二つ気の付いた事がある。 この曲線は上がったり下がったり、不規則な波状を画いているが、この波の一つの峰から次の峰までの文字数がかなり広い範囲内で色々に変っている。このような・・・ 寺田寅彦 「歌の口調」
・・・ この映画に取り入れられた僅少な音楽もかなりに有効に使われている。ヒロインが病院の病室を一つ一つ見回って愛人を捜す場面で、階下から聞こえて来る土人女の廃頽的な民謡も、この場の陰惨でしかもどこかつやけのある雰囲気を濃厚にする。それから次の・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・もっとも胎生動物の母胎の伸縮も同様な例としてあげられるかもしれないが、しかしこの蛇のように僅少な時間にこんなに自由に伸びるのは全く珍しいと言わなければなるまい。これにはきっと特別な細胞や繊維の特異性があるに相違ないが、ちょっとした動物学の書・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・こういう程度の尺度やパースペクティーヴの変更はむしろ平凡なことであって、ある度まではわれわれの目の網膜のスクリーンの上で行なわれている技巧の延長のようなものであり、従ってわれわれに新しく教うるところは僅少であるが、真に驚異の念を喚起して夢に・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・これをことごとく信用するとすれば自分の企てている統計的研究の結果が、できたとしても、それは言語学的に貢献することは僅少となるであろう。しかし自分の見るところではこれらの伝説は自然科学的の立場から見ればほとんど無価値なものであり、またアイヌ語・・・ 寺田寅彦 「火山の名について」
・・・そうして実に僅少な研究費を与えられて、それで驚くべき能率を上げているようである。おそらくは戦闘艦の巨砲の一発の価、陸軍兵員の一日分のたくあんの代金にも足りないくらいの金を使って懸命に研究し、そうして世界的に立派な結果を出しているようである。・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・かくのごとく直接観測し得らるべき与件の僅少な問題にたいしては種々の学説や仮説が可能であり、また必要でもある。ウェーゲナーの大陸漂移説や、最近ジョリーの提出した、放射能性物質の熱によって地質学的輪廻変化を説明する仮説のごときも、あながち単なる・・・ 寺田寅彦 「地震雑感」
出典:青空文庫