・・・老父は小商いをして小遣いを儲けていた。継母は自分の手しおにかけた耕吉の従妹の十四になるのなど相手に、鬼のように真黒くなって、林檎や葡萄の畠を世話していた。彼女はちょっと非凡なところのある精力家で、また皮肉屋であった。「自家の兄さんはいつ・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ 日清の間が切迫してくるや、彼はすぐと新聞売りになり、号外で意外の金を儲けた。 かくてその歳も暮れ、二十八年の春になって、彼は首尾よく工手学校の夜学部に入学しえたのである。 かつ問いかつ聞いているうちに夕暮近くなった。「飯を・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・「ほう、そいつぁ、儲けたな。」 松木と武石とが調理台の方から走せ込んで来た。 札も、汗と垢とで黒くなっていた。「どれどれ、内地の札だな。」松木と武石とはなつかしそうに、それを手に取って見た。「内地の札を見るんは久しぶりだぞ。・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・これなどまだ小心で正直な方だが口先のうまい奴は、これまでの取りつけの米屋に従来儲けさしているんだからということを笠にきて外米入らずを持って来させる。問屋と取引のある或る宿屋では内地米三十俵も積重ねる。それを売って呉れぬかというと、これはお客・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・ 百姓は、稲を刈り、麦を蒔きながら、自動車をとばし、又は、ぞろ/\群り歩いて行く客を見ている。儲けるのは大阪商船と、宿屋や小商人だけである。寒霞渓がいゝとか「天下の名勝」だとか云って宣伝するのも、主に儲けをする彼等である。百姓には、寒霞・・・ 黒島伝治 「小豆島」
・・・これだけの油だったら、三百デナリもするではないか、この油を売って、三百デナリ儲けて、その金をば貧乏人に施してやったら、どんなに貧乏人が喜ぶか知れない。無駄なことをしては困るね、と私は、さんざ叱ってやりました。すると、あの人は、私のほうを屹っ・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・父親のこさえる炭は一俵で五六銭も儲けがあればいい方だったし、とてもそれだけではくらせないから、父親はスワに蕈を取らせて村へ持って行くことにしていた。 なめこというぬらぬらした豆きのこは大変ねだんがよかった。それは羊歯類の密生している腐木・・・ 太宰治 「魚服記」
・・・で三万両を儲けた話には「いかにはんじやうの所なればとて常のはたらきにて長者には成がたし」などと云っている。どんな行きつまった世の中でもオリジナルなアイディアさえあればいくらでも金儲けの道はあるというのが現代のヤンキー商人のモットーであるが、・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・とわめきながら退場するのは最も同情すべき役割であり、この喜劇での儲け役であろう。 さていよいよ夕刊売りの娘に取っときの切り札、最後の解決の鍵を投げ出させる前に、もう一つだけ準備が必要である。それは真犯人の旧騎士吉田を今の新聞記者吉田に仕・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・こんにゃくを売って、わずかの儲けでも、私の家のくらしのたすけにはなったからである。お父さんもお母さんもはたらき者だったが、私の家はひどく貧しかった。何故貧しかったのか、私は知らない。きょうだいが沢山あって、男の子では私が一ばん上だった。・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
出典:青空文庫