・・・万葉集の巻の三には大津皇子が死を賜わって磐余の池にて自害されたとき、妃山辺の皇女が流涕悲泣して直ちに跡を追い、入水して殉死された有名な事蹟がのっている。また花山法皇は御年十八歳のとき最愛の女御弘徽殿の死にあわれ、青春失恋の深き傷みより翌年出・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・師走、酷寒の夜半、女はコオトを着たまま、私もマントを脱がずに、入水した。女は、死んだ。告白する。私は世の中でこの人間だけを、この小柄の女性だけを尊敬している。私は、牢へいれられた。自殺幇助罪という不思議の罪名であった。そのときの、入水の場所・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・もういちど牢屋へ、はいって来なければならない。もういちど入水をやり直さなければならない。もういちど狂人にならなければならない。君は、その時になっても、逃げないか。私は、嘘ばかりついている。けれども、一度だって君を欺いたことが無い。私の嘘は、・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・おのれのスパルタを汚すよりは、錨をからだに巻きつけて入水したいものだとさえ思っている。 さもあらばあれ、「晩年」一冊、君のその両手の垢で黒く光って来るまで、繰り返し繰り返し愛読されることを思うと、ああ、私は幸福だ。――一瞬間。ひとは、そ・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・ 十九 入水者はきっと草履や下駄をきれいに脱ぎそろえてから投身する。噴火口に飛び込むのでもリュックサックをおろしたり靴を脱いだり上着をとったりしてかかるのが多いようである。どうせ死ぬために投身するならどちらでも同・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・石浦に往ったものは、安寿の入水のことを聞いて来た。南の方へ往ったものは、三郎の率いた討手が田辺まで往って引き返したことを聞いて来た。 中二日おいて、曇猛律師が田辺の方へ向いて寺を出た。盥ほどある鉄の受糧器を持って、腕の太さの錫杖を衝いて・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫