・・・講義の内容は綺麗に忘れているようでも入用なときに本を読めば、どうにか分かるようにちゃんと頭の中へ道をあけておいてくれたものはやはり三十年昔の講義や演習であった。云わば実戦に堪える体力を養ってくれた教練のようなものであったのである。平凡な結論・・・ 寺田寅彦 「科学に志す人へ」
・・・百個の点の集団なら三百の数字が入用になる。物理的体系の「自由度」の増加とともにその状態を指定するに必要な尺度の読み取りの数もいくらでも増加する。近ごろよく「学問の自由」というようなことが議論されるようであるが、この自由なるものの自由度がいま・・・ 寺田寅彦 「記録狂時代」
・・・陳列されてある商品全部が自分のもので、宅へ置ききれないからここへ倉敷料なしのただで預けてあると思えば、金持ち気分になりすますことも容易である。入用なときはいつでも「預かり証」と引き換えに持って帰ることができるのである。ただ問題は、肝心の時に・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・糞尿を分析すれば飲食した物の何であったかはこれを知ることが出来るが、食った刹那の香味に至っては、これを語って人をして垂涎三尺たらしむるには、優れたる弁舌が入用になるわけである。そして、わたくしにはこの弁舌がないのであった。乙亥正月記・・・ 永井荷風 「十六、七のころ」
・・・ 右所論の得失を概していえば、官学校は教育入用の財あれども、この財を用いて人を教うるの術に乏し。私学校は人を教えて世の裨益をなすべき術に富めるといえども、この術を実地に施すべき財に貧なり。ゆえに、学校を建つるの要訣は、この得失を折衷して・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・かつ初学には書類の入用も少なく、大略左の如し。理学初歩 価一分一朱義塾読本文典 価一分和英辞書 価三両二歩地理書 ┌一部に付窮理書 ┤弐両より歴史 └四両まで 右・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾新議」
・・・すなわち地方に中学校の入用というも、このわけなり。小中大といえば、順序をへて次第に上るべきように聞れども、事実、人の貧富、才・不才にしたがって、はじめより区別するか、あるいは入学の後、自然にその区別なきを得ず。世の中の大勢これをいかんともす・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・物がかあいそうだからたべないのだ、小さな小さなことまで、一一吟味して大へんな手数をしたり、ほかの人にまで迷惑をかけたり、そんなにまでしなくてもいい、もしたくさんのいのちの為に、どうしても一つのいのちが入用なときは、仕方ないから泣きながらでも・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・陽子はさし当り入用な机、籐椅子、電球など買った。四辺が暗くなりかけに、借部屋に帰った。上り端の四畳に、夜具包が駅から着いたままころがしてある。今日は主の爺さんがいた。「勝手に始末しても悪かろうと思って――私が持って行って上げましょう」・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・私も一緒に行かなければならないから、留守番が入用るでしょう? あの人じゃ、独りで置けないわ。ね。だから、れんを又呼んで、代って貰うことにするの」「ふうむ」 彼は、脚を組みかえ、煙草をつけた。「其那ことを云わなくたっていいじゃあな・・・ 宮本百合子 「或る日」
出典:青空文庫