・・・お前のいう通り若くて上品で、それから何だッけな、うむその沈着いていて気性が高くて、まだ入用ならば学問が深くて腕が確かで男前がよくて品行が正しくて、ああ疲労れた、どこに一箇所落ちというものがない若者だ。 たんとそんなことをおっしゃいまし。・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・「それに御宅は御人数も多いんだから入用ことも入用サね。私のとこなんか二人きりだから幾干も入用ア仕ない。それでも三銭五銭と計量炭を毎日のように買うんだからね、全くやりきれや仕ない」「全く骨だね」とお徳は優しく言った。 以上炭の噂ま・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・「そりゃそういえば確にそうだが、忍術だって入用のものだから世に伊賀流も甲賀流もある。世間には忍術使いの美術家もなかなか多いよ。ハハハ。」「御前製作ということでさえ無ければ、少しも屈托は有りませんがナア。同じ火の芸術の人で陶工の愚斎は・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・苦しさ耐えがたけれど、銭はなくなる道なお遠し、勤という修行、忍と云う観念はこの時の入用なりと、歯を切ってすすむに、やがて草鞋のそこ抜けぬ。小石原にていよいよ堪え難きに、雨降り来り日暮るるになんなんたり。やむをえず負える靴をとりおろして穿ち歩・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・「どうせ、この建物はこうしてありますから、皆さんにお貸し申します……御入用の時は、何時でも御使い下さい」 と言いながら、先生は新規に造り足した部屋を高瀬に見せ、更に楼階の下の方までも連れて行って見せた。そこは食堂か物置部屋にでもしよ・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・私も、大兄お言いつけのものと同額の金子入用にて、八方狂奔。岩壁、切りひらいて行きましょう。死ぬるのは、いつにても可能。たまには、後輩のいうことにも留意して下さい。永野喜美代。」「先日は御手紙有難う。又、電報もいただいた。原稿は、どういう・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ところが昨年の秋、私は、その倉庫の中の衣服やら毛布やら書籍やらを少し整理して、不要のものは売り払い、入用と思われるものだけを持ち帰った。家へ持ち帰って、その大風呂敷包を家内の前で、ほどく時には、私も流石に平静でなかった。いくらか赤面していた・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・講義の内容は綺麗に忘れているようでも入用なときに本を読めば、どうにか分かるようにちゃんと頭の中へ道をあけておいてくれたものはやはり三十年昔の講義や演習であった。云わば実戦に堪える体力を養ってくれた教練のようなものであったのである。平凡な結論・・・ 寺田寅彦 「科学に志す人へ」
・・・百個の点の集団なら三百の数字が入用になる。物理的体系の「自由度」の増加とともにその状態を指定するに必要な尺度の読み取りの数もいくらでも増加する。近ごろよく「学問の自由」というようなことが議論されるようであるが、この自由なるものの自由度がいま・・・ 寺田寅彦 「記録狂時代」
・・・陳列されてある商品全部が自分のもので、宅へ置ききれないからここへ倉敷料なしのただで預けてあると思えば、金持ち気分になりすますことも容易である。入用なときはいつでも「預かり証」と引き換えに持って帰ることができるのである。ただ問題は、肝心の時に・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
出典:青空文庫