・・・ 三 捜すものは無い 捜さない時には、邪魔なほどに目の前にころがっているものが、いざ入用となって捜すときはなかなか見つからない。こういう気のする人は少なくないであろう。 そういう特別な場合の記憶だけが残存蓄積する・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・糞尿を分析すれば飲食した物の何であったかはこれを知ることが出来るが、食った刹那の香味に至っては、これを語って人をして垂涎三尺たらしむるには、優れたる弁舌が入用になるわけである。そして、わたくしにはこの弁舌がないのであった。乙亥正月記・・・ 永井荷風 「十六、七のころ」
・・・ 右所論の得失を概していえば、官学校は教育入用の財あれども、この財を用いて人を教うるの術に乏し。私学校は人を教えて世の裨益をなすべき術に富めるといえども、この術を実地に施すべき財に貧なり。ゆえに、学校を建つるの要訣は、この得失を折衷して・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・かつ初学には書類の入用も少なく、大略左の如し。理学初歩 価一分一朱義塾読本文典 価一分和英辞書 価三両二歩地理書 ┌一部に付窮理書 ┤弐両より歴史 └四両まで 右・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾新議」
・・・すなわち地方に中学校の入用というも、このわけなり。小中大といえば、順序をへて次第に上るべきように聞れども、事実、人の貧富、才・不才にしたがって、はじめより区別するか、あるいは入学の後、自然にその区別なきを得ず。世の中の大勢これをいかんともす・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・物がかあいそうだからたべないのだ、小さな小さなことまで、一一吟味して大へんな手数をしたり、ほかの人にまで迷惑をかけたり、そんなにまでしなくてもいい、もしたくさんのいのちの為に、どうしても一つのいのちが入用なときは、仕方ないから泣きながらでも・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・陽子はさし当り入用な机、籐椅子、電球など買った。四辺が暗くなりかけに、借部屋に帰った。上り端の四畳に、夜具包が駅から着いたままころがしてある。今日は主の爺さんがいた。「勝手に始末しても悪かろうと思って――私が持って行って上げましょう」・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・私も一緒に行かなければならないから、留守番が入用るでしょう? あの人じゃ、独りで置けないわ。ね。だから、れんを又呼んで、代って貰うことにするの」「ふうむ」 彼は、脚を組みかえ、煙草をつけた。「其那ことを云わなくたっていいじゃあな・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・一、集団農場員が冬の間に入用な薪を切り出す附近の森林はただで貰える。納屋、小舎等はただで貰う。一、種、肥料などは非常にやすく、政府がくれる。一、集団農場員の家族で働けない者がある時はそれは集団農場全体が責任をもって養う。一、・・・ 宮本百合子 「今にわれらも」
・・・ 私共がすでに自然の産物である以上、その親をしたうに何の批評が入用ろう、 何の思考が入ろう。 或人は室中に何も置かない方がまとまると云う、 又、私の様に、何かしら、心をこめて集めたものとか美くしいものがなければ、その部屋には・・・ 宮本百合子 「雨滴」
出典:青空文庫