・・・が、とにかくその力は、ちょうど地下の泉のように、この国全体へ行き渡って居ります。まずこの力を破らなければ、おお、南無大慈大悲の泥烏須如来! 邪宗に惑溺した日本人は波羅葦増(天界の荘厳を拝する事も、永久にないかも存じません。私はそのためにこの・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・「お前は全体本当のことがこの世の中にあるとでも思っとるのか」 父は息子の融通のきかないのにも呆れるというようにそっぽを向いてしまった。「思ってはいませんがね。しかし私にはどうしても現在のようにうそばかりで固めた生活ではやり切れま・・・ 有島武郎 「親子」
・・・革紐で縦横に縛られて、紐の食い込んだ所々は、小さい、深い溝のようになって、その間々には白いシャツがふくらんでいて、全体は前より小さくなったように見えるのである。 多分罪人はもう少しも体を動かすことは出来ないのであろう。首も廻らないのであ・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・たとえば、近頃の歌は何首或は何十首を、一首一首引き抜いて見ないで全体として見るような傾向になって来た。そんなら何故それらを初めから一つとして現さないか。一一分解して現す必要が何処にあるか、とあれに書いてあったね。一応尤もに聞えるよ。しかしあ・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・取り留めのなさは、ちぎれ雲が大空から影を落としたか、と視められ、ぬぺりとして、ふうわり軽い。全体が薄樺で、黄色い斑がむらむらして、流れのままに出たり、消えたり、結んだり、解けたり、どんよりと濁肉の、半ば、水なりに透き通るのは、是なん、別のも・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・私は全体理屈は嫌いだが、相手が、理屈屋だから仕方がねい。おッ母さんどうぞお酌を……私は今夜は話がつかねば喧嘩しても帰らねいつもりだからまあゆっくり話すべい」 片意地な土屋老人との話はせいてはだめだと薊は考えてるのだ。「土屋さん、あな・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・「いや、どうも――それでは、ありがとうござります」と、僕はわざとらしくあたまを下げた。「まア、それで、あたい気がすんだ、わ」 吉弥はお貞を見て、勝利がおに扇子を使った。「全体、まア」と、はじめから怪幻な様子をしていたお貞・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・それである人にはそれがために嫌われますけれども、私はカーライルという人については全体非常に尊敬を表しております。たびたびあの人の本を読んで利益を得、またそれによって刺激をも受けたことでございます。けれども、私はトーマス・カーライルの書いた四・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・ちょうどその国全体が花で飾られるようにみえました。夏になると、青葉でこんもりとしました。そして、秋がくる時分には、どこの林も、丘も、森も、黄色になって風のまにまにそれらの葉が散りはじめました。冬が過ぎ、また春がめぐってくるというふうに繰り返・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・者の置屋であったり、また自前の芸者が母親と猫と三人で住んでいる家であったりして、長屋でありながら電話を引いている家もあるというばかりでなく、夜更けの方が賑かだという点でも変っていて、そして何となく路地全体がなまめいていました。なまめいている・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
出典:青空文庫