・・・色町に近くどこか艶めいていながら流石に裏通りらしくうらぶれているその通りを北へ真っ直ぐ、軒がくずれ掛ったような古い薬局が角にある三ツ寺筋を越え、昼夜銀行の洋館が角にある八幡筋を越え、玉の井湯の赤い暖簾が左手に見える周防町筋を越えて半町行くと・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ 昨日もちょうどそんな事を考えながら歩いて、つまるところがペンキの看版かきになろうが稲荷や八幡様の奉納絵を画こうがかまわない。やるところまでやると決心したからには、わき目もふれないなどしきりに思い続けて例の森まで行った。 どこを画こ・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・ 彼は刑場におもむく前、鎌倉の市中を馬に乗せられて、引き回されたとき、若宮八幡宮の社前にかかるや、馬をとめて、八幡大菩薩に呼びかけて権威にみちた、神がかりとしか思えない寓諫を発した。「如何に八幡大菩薩はまことの神か」とそれは始まる。・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ここの御社の御前の狛犬は全く狼の相をなせり。八幡の鳩、春日の鹿などの如く、狼をここの御社の御使いなりとすればなるべし。 さてこれより金崎へ至らんとするに、来し路を元のところまで返りて行かんもおかしからねばとて、おおよその考えのみを心頼み・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・肴町十三日町賑い盛なり、八幡の祭礼とかにて殊更なれば、見物したけれど足の痛さに是非もなし。この日岩手富士を見る、また北上川の源に沼宮内より逢う、共に奥州にての名勝なり。 十七日、朝早く起き出でたるに足傷みて立つこと叶わず、心を決して車に・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・から生じた優美な感情の寓奇であって、鳩は八幡の「はた」から、鹿は春日の第一殿鹿島の神の神幸の時乗り玉いし「鹿」から、烏は熊野に八咫烏の縁で、猿は日吉山王の月行事の社猿田彦大神の「猿」の縁であるが如しと前人も説いているが、稲荷に狐は何の縁もな・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・まるまる遊んだところが杖突いて百年と昼も夜ものアジをやり甘い辛いがだんだん分ればおのずから灰汁もぬけ恋は側次第と目端が利き、軽い間に締りが附けば男振りも一段あがりて村様村様と楽な座敷をいとしがられしが八幡鐘を現今のように合乗り膝枕を色よしと・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・メン、独逸人のライン、地理学者のボンなんて人も、ちょいちょい調べていましたそうで、また日本でも古くは佐々木忠次郎とかいう人、石川博士など実地に深山を歩きまわって調べてみて、その結果、岐阜の奥の郡上郡に八幡というところがありまして、その八幡が・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・そうだ、あしたの晩、おい文学者、俺と一緒に八幡様の宵宮に行ってみないか。俺が誘いに来る。若い者たちの大喧嘩があるかも知れないのだ。どうもなあ、不穏な形勢なんだ。そこへ俺が飛び込んで行って、待った! と言うのだ。ちょうど幡随院の長兵衛というと・・・ 太宰治 「親友交歓」
一 花吹雪という言葉と同時に、思い出すのは勿来の関である。花吹雪を浴びて駒を進める八幡太郎義家の姿は、日本武士道の象徴かも知れない。けれども、この度の私の物語の主人公は、桜の花吹雪を浴びて闘うところだけは少・・・ 太宰治 「花吹雪」
出典:青空文庫