・・・しかしこの矛盾は生活の性質から出るやむをえざる矛盾だから、形式から云えばいかにも矛盾のようであるけれども、実際の内面生活から云えばかく二様になる方がかえって本来の調和であって、無理にそれを片づけようとするならばそれこそ真の矛盾に陥る訳じゃな・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・き出ずる真と善と美と壮に合して、未来の生活上に消えがたき痕跡を残すならば、なお進んで還元的感化の妙境に達し得るならば、文芸家の精神気魄は無形の伝染により、社会の大意識に影響するが故に、永久の生命を人類内面の歴史中に得て、ここに自己の使命を完・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・は、一面において内面的と考えられると共に、一面に社会的、常識的とも考えることができる。概念に制約せられない直感である。それは自己自身を表現する実在、歴史的実在に対する「サンス」である。そういう意味においては、かかる立場から世界を見るのはモン・・・ 西田幾多郎 「フランス哲学についての感想」
・・・ ところで面白いのは、最近何年間かのこの輿論封殺時代に、新聞人は、却ってその前時代の散漫であった人々よりも遙かに内面的になり、批判的になり、且つ客観的な科学性をもって社会事象に向うようになったことである。新聞関係の人々は、各方面を広汎に・・・ 宮本百合子 「明日への新聞」
・・・けれども、水野仙子氏の遺著の序文に書かれている文章を見ても、作者が婦人の生活力の高揚ということについては、唯心的に内面的にのみ重点を置いて見ていたことが感じられる。私には、作者有島武郎が自身の内にあった時代的な矛盾によって、一見非凡であって・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・けれども、緊張や熱が放散的で、内面の厚さが稀薄なように感じたのは何故だろう。 サンピエール寺院に行き、ベルトンを誘惑しようとする場面は、もう少しどうにか美化しても効果が薄くなりはしなかったろうと思う。 掻口説く声が、もっと蠱惑的に暖・・・ 宮本百合子 「印象」
・・・で阿蘭をやったときルイズ・レイナーは随分本気でとりくんでいたし、彼女の持っている聰明さ、内面の奥ゆきというようなものが省略された動作のかげに声をのんだ声として多くのものを語る力となっていた。同じこのひとが、「グレイト・ワルツ」のシュトラウス・・・ 宮本百合子 「映画女優の知性」
・・・ 文学の問題としてみるとき、新聞小説の通俗性の側から云々されるよりも、寧ろ、作家の本来的な内面生活からいかに思想、判断の慾望が衰頽して来ているかということが私たちの深い自省を促す点であると思う。〔一九三九年十一月〕・・・ 宮本百合子 「おのずから低きに」
・・・広い額が内面の充実した重さでいくらか傾き、濃い眉毛のしたの大きい強い眼はいくらか細めてレンズに向けられている。彼の右肩に一つの手が軽くのせられている。それはイエニーのすらりとした手である。のどのつまった、袖口の広い服を裾長に、イエニーはカー・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・ 複雑に複雑を極めた箇性の内面の力が、圏境や過去の経験に打たれ、押し返し、揉み合って一歩ずつ、一歩ずつ今日まで歩み進んで来たのが、今日のその人でありその人の生活であるのだ。箇人の内的運命と外的運命とが、どんなに微妙に、且つ力強く働き合っ・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
出典:青空文庫