・・・宿はすぐ分りますか」「へえ、へえ、すぐわかりますでやんす。真っ直ぐお出でになって、橋を渡って下されやんしたら、灯が見えますでござりやんす」 客引きは振り向いて言った。自転車につけた提灯のあかりがはげしく揺れ、そして急に小さくなってし・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・だとかそんなことは言わなかったようですがねえ、そう言ってはなんでしょうが兄さんは少しその禅の方へ、凝ってるというわけでもないんでしょうが、多少頭を使いすぎるためもあるんじゃないでしょうか、私なんかには分りませんけど……」「そんなことはな・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・と言って暫し瞑目していましたが、やがて「解りました。悟りました。私も男です。死ぬなら立派に死にます」と仰臥した胸の上で合掌しました。其儘暫く瞑目していましたが、さすが眼の内に涙が見えました。それを見ると私は「ああ、可愛想な事を言うた」と思い・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・口に出しますと『小妹は何故こんな世の中に生きているのか解らないのよ』と少女がさもさも頼なさそうに言いました、僕にはこれが大哲学者の厭世論にも優って真実らしく聞えたが、その先は詳わしく言わないでも了解りましょう。「二人は忽ち恋の奴隷と・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・だが、既成と、無産になると一寸分りにくい。 社会主義と云えば、彼等は、毛虫のように思っている。 だが、彼等は、その毛虫の嫌う、社会主義によらなければ、永久の貧乏から免れないのだ。 それをどうして、百姓に了解させるか。 それか・・・ 黒島伝治 「選挙漫談」
・・・雲を一掃されてしまって、そこは女だ、ただもう喜びと安心とを心配の代りに得て、大風の吹いた後の心持で、主客の間の茶盆の位置をちょっと直しながら、軽く頭を下げて、「イエもう、業の上の工夫に惚げていたと解りますれば何のこともございません。ホン・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・ あなたさまのお話、いまになるとヨウ分りました。こちらミンナたッしゃです。あれからこゝでコサクそうぎがおこりましたよ。私もやってます。あなたさまのお話わすれません。兄さんのことはクレグレもおたのみします。母はまだキョウサントウと云え・・・ 小林多喜二 「争われない事実」
・・・ とまた弟はおげんに言って見せて、更に言葉をつづけて、「姉さんも今度出ていらしって見て、おおよそお解りでしょう。直さんの家でも骨の折れる時ですよ。それは倹約にして暮してもいます。そういうことを想って見なけりゃ成りません。私も東京に自・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・市民たちも、摂政宮殿下が御安全でいらせられるということは早く一日中に拝聞して、まず御安神申し上げましたが、日光の田母沢の御用邸に御滞在中の 両陛下の御安否が分りません。それで二日の午前に、まず第一に陸軍から、大橋特務曹長操縦、林少尉同乗で、・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・此物語の中にも沢山そう云う処がありますが、判り難そうな場処は言葉を足して、はっきり訳しました。此をお読みになる時は、熱い印度の、色の黒い瘠せぎすな人達が、男は白いものを着、女は桃色や水色の薄ものを着て、茂った樹かげの村に暮している様子を想像・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
出典:青空文庫