・・・そうして、半分泣き声で、早口に何かしゃべり立てます。切れ切れに、語が耳へはいる所では、万一娘に逃げられたら、自分がどんなひどい目に遇うかも知れないと、こう云っているらしいのでございますな。が、こっちもここにいては命にかかわると云う時でござい・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・ おぎんは切れ切れにそう云ってから、後は啜り泣きに沈んでしまった。すると今度はじょあんなおすみも、足に踏んだ薪の上へ、ほろほろ涙を落し出した。これからはらいそへはいろうとするのに、用もない歎きに耽っているのは、勿論宗徒のすべき事ではない・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・洋一は兄の表情に愉快な当惑を感じながら、口早に切れ切れな言葉を続けた。「今日は一番苦しそうだけれど、――でも兄さんが帰って来て好かった。――まあ早く行くと好いや。」 車夫は慎太郎の合図と一しょに、また勢いよく走り始めた。慎太郎はその・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・陳は思わず塀の常春藤を掴んで、倒れかかる体を支えながら、苦しそうに切れ切れな声を洩らした。「あの手紙は、――まさか、――房子だけは――」 一瞬間の後陳彩は、安々塀を乗り越えると、庭の松の間をくぐりくぐり、首尾よく二階の真下にある、客・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・と、「御主」と、切れ切れに叫んだなり、茫然とそこへ立ちすくんでしまった。この薄暗い内陣の中には、いつどこからはいって来たか、無数の鶏が充満している、――それがあるいは空を飛んだり、あるいはそこここを駈けまわったり、ほとんど彼の眼に見える限り・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・それが浜べから飛んで来ると、息も切れ切れに船々と云う。船はまずわかったものの、何の船がはいって来たのか、そのほかの言葉はさっぱりわからぬ。あれはあの男もうろたえた余り、日本語と琉球語とを交る交る、饒舌っていたのに違いあるまい。おれはともかく・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・そこへ白襷の兵が一人、何か切れ切れに叫びながら、鉄条網の中を走って来た。彼は戦友の屍骸を見ると、その胸に片足かけるが早いか、突然大声に笑い出した。大声に、――実際その哄笑の声は、烈しい敵味方の銃火の中に、気味の悪い反響を喚び起した。「万・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・しかも切れ切れに叫ぶのを聞けば、あなたが死ぬか夫が死ぬか、どちらか一人死んでくれ、二人の男に恥を見せるのは、死ぬよりもつらいと云うのです。いや、その内どちらにしろ、生き残った男につれ添いたい、――そうも喘ぎ喘ぎ云うのです。わたしはその時猛然・・・ 芥川竜之介 「藪の中」
・・・百合の話もそう云う時にふと彼の心を掠めた、切れ切れな思い出の一片に過ぎない。 今年七歳の良平は生まれた家の台所に早い午飯を掻きこんでいた。すると隣の金三が汗ばんだ顔を光らせながら、何か大事件でも起ったようにいきなり流し元へ飛びこんで・・・ 芥川竜之介 「百合」
・・・と、こう切れ切れに云うのだそうです。泰さんは何が何やら、まるで煙に捲かれた体で、しばらくはただ呆気にとられていましたが、とにかく、言伝てを頼まれた体なので、「よろしい。確かに頼まれました。」と云ったきり、よくよく狼狽したのでしょう。麦藁帽子・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
出典:青空文庫