・・・ 今娘が戸の握りを握って、永遠に別れて帰ろうとするツァウォツキイの鼻のさきで、戸を締め切ろうとした瞬間に、ツァウォツキイは右の拳を振り上げて、娘の白い、小さい手を打った。 娘はツァウォツキイの顔をじっと見た。そして再び戸の握りを握っ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・といっておいて、また急がしそうに、別れた愛人へ出す手紙を書き続けた。 女の子は灸の傍へ戻ると彼の頭を一つ叩いた。 灸は「ア痛ッ。」といった。 女の子は笑いながらまた叩いた。「ア痛ッ、ア痛ッ。」 そう灸は叩かれる度ごとにい・・・ 横光利一 「赤い着物」
・・・小川町の交叉点で――たしかそこで別れたように思うが――木下は腹立たしい心持ちを言葉に響かせてこう言った。 ――結局僕が Genumensch で、君がそうでない、ということに帰着するんだな。 この Genumenschという言葉を、・・・ 和辻哲郎 「享楽人」
出典:青空文庫