・・・さて肝腎の相手はと見ると、床の前を右へ外して、菓子折、サイダア、砂糖袋、玉子の折などの到来物が、ずらりと並んでいる箪笥の下に、大柄な、切髪の、鼻が低い、口の大きな、青ん膨れに膨れた婆が、黒地の単衣の襟を抜いて、睫毛の疎な目をつぶって、水気の・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ 大塚さんの親戚からと言って、春らしい到来物が着いた。青々とした笹の葉の上には、まだ生きているような鰈が幾尾かあった。それを見せに来た。婆さんは大きな皿を手に持ったまま、大塚さんの顔を眺めて、「旦那様は御塩焼の方が宜しゅう御座います・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・酒粕に漬けた茄子が好きだというので、冬のうちから、到来物の酒粕をめばりして、台所の片隅に貯えておき、茄子の出る夏を楽しみに待ち受ける、というような、こまかい神経のくばり方が、種々雑多な食物の上に及んでいたばかりでなく、着物や道具についてもそ・・・ 和辻哲郎 「藤村の個性」
出典:青空文庫