・・・口三味線で間にあって、そのまま動けば、筒袖も振袖で、かついだ割箸が、柳にしない、花に咲き、さす手の影は、じきそこの隅田の雲に、時鳥がないたのである。 それでは、おなじに、吉原を焼出されて、一所に浜町へ落汐か、というと、そうでない。ママ、・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ 彼は割箸をわって、皿の上に置いた。「いいの?――何んだか……」 女は少し顔を赤くして、チラッチラッと二、三度龍介を見上げると、「どうして、兄さん……」と言った。「俺は食わないんだ。いいから」「ソお、……なんだか……」・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・ 白い手拭を畳んで膝の上に置いて、割箸を割って、手に持って待っているのである。 男が肉を三切四切食った頃に、娘が箸を持った手を伸べて、一切れの肉を挟もうとした。男に遠慮がないのではない。そんならと云って男を憚るとも見えない。「待・・・ 森鴎外 「牛鍋」
・・・と云って、杯を手に取ると、方方から手が出て、杯を取る。割箸を取る。盛んに飲食が始まった。しかし話はやはり時候の挨拶位のものである。「どうです。こう天気続きでは、米が出来ますでしょうなあ」「さようさ。又米が安過ぎて不景気と云うような事になるで・・・ 森鴎外 「百物語」
出典:青空文庫