・・・もう少し北の方へ行って見ろ。」そして粟餅のことなどは、一言も云わなかったそうです。そして全くその通りだったろうと私も思います。なぜなら、この森が私へこの話をしたあとで、私は財布からありっきりの銅貨を七銭出して、お礼にやったのでしたが、この森・・・ 宮沢賢治 「狼森と笊森、盗森」
・・・ そしてちょうど星が砕けて散るときのように、からだがばらばらになって一本ずつの銀毛はまっしろに光り、羽虫のように北の方へ飛んで行きました。そしてひばりは鉄砲玉のように空へとびあがって鋭いみじかい歌をほんのちょっと歌ったのでした。 私・・・ 宮沢賢治 「おきなぐさ」
・・・本当なら兄さんたちと一緒にずうっと北の方へ行ってるんだ。」「何して行かなかった。」「兄さんが呼びに来なかったからさ。」「何て云う、汝の兄※とこへね、きれいなはこやなぎの木を五本持って行ってあげるよ。いいだろう。」 耕一はやっ・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・ ふと遠い冷たい北の方で、なにか鍵でも触れあったようなかすかな声がしました。烏の大尉は夜間双眼鏡を手早く取って、きっとそっちを見ました。星あかりのこちらのぼんやり白い峠の上に、一本の栗の木が見えました。その梢にとまって空を見あげているも・・・ 宮沢賢治 「烏の北斗七星」
・・・「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」「きっと出ているよ。お父さんが監獄へ入るようなそんな悪いことをした筈がないんだ。この前お父さんが持・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・そして虔十はまるでこらえ切れないようににこにこ笑って兄さんに教えられたように今度は北の方の堺から杉苗の穴を掘りはじめました。実にまっすぐに実に間隔正しくそれを掘ったのでした。虔十の兄さんがそこへ一本ずつ苗を植えて行きました。 その時野原・・・ 宮沢賢治 「虔十公園林」
・・・同じ旅行でも関西方面より北の方がいいと思います。大阪、京都などのような都会は、違った文化が見られて悪るくはないと思いますが、旅として見て、東海道あたりの海が見え、松があるといった美しいだけで、唯長々と眠につづいている整然とした風景よりも、変・・・ 宮本百合子 「愛と平和を理想とする人間生活」
・・・ 殿の左かわには後室北の方、二人の姫、女房達花をきそって並んで居る、いずれも今日をはれときかざって念入りの化粧に額の出たのをかくしたのもあれば頬の赤さをきわ立たせた女も少くなくない。 なまめいたそらだきの末坐になみ居る若人の直衣の袖・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・が、勘次を恐れている自分に気附いたとき、彼は一寸舌を出して笑ったが、そのまま北の方へ歩いていった。 勘次は裏庭から店の間へ来ると、南天の蔭に背中を見せて帰って行く秋三の姿が眼についた。「今来たのは秋公か?」「お前、秋が安次を連れ・・・ 横光利一 「南北」
・・・で、最も目につくのは、伊予の三島明神の縁起物語『みしま』である。この明神はもと三島の郡の長者であった。四万の倉、五万人の侍、三千人の女房を持って、栄華をきわめていたが、不幸にして子がなかった。で、北の方のすすめにしたがって、長谷の観音に参籠・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫