縁日 柳行李 橋ぞろえ 題目船 衣の雫 浅緑記念ながらと散って、川面で消えたのが二ツ三ツ、不意に南京花火を揚げたのは寝ていたかの男である。 斉しく左右へ退いて、呆気に取られた連の両人を顧みて・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ いずれ、金目のものではあるまいけれども、紅糸で底を結えた手遊の猪口や、金米糖の壷一つも、馬で抱き、駕籠で抱えて、長い旅路を江戸から持って行ったと思えば、千代紙の小箱に入った南京砂も、雛の前では紅玉である、緑珠である、皆敷妙の玉である。・・・ 泉鏡花 「雛がたり」
・・・撫子 それはね、南京流の秘伝なの。ほほほ。おその、蓮葉に裏口より入る。駄菓子屋の娘。その 奥様。撫子 おや、おそのさん。その あの、奥様。お客様の御馳走だって、先刻、お台所で、魚のお料理をなさるのに、小刀でこしら・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・その中の一本の杭の横に大きな南京釘が打ってあるのが見えるだろう。あの釘はわたしが打ったのだよ。あすこへ釘を打って、それへ竿をもたせると宜いと考えたので、わたしが家から釘とげんのうとを持って来て、わざわざ舟を借りて彼処へ行って、そして考え定め・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・きょうは、三月三十日です。南京に、新政府の成立する日であります。私は、政治の事は、あまり存じません。けれども、「和平建国」というロマンチシズムには、やっぱり胸が躍ります。日本には、戦争を主として描写する作家も居りますけれど、また、戦争は、さ・・・ 太宰治 「三月三十日」
・・・すなわち実験室において、南京兎を注射するごとく、もしくは解剖室において、解剖刀を揮うがごとくであった、云々」というのがあり、また「西鶴は検事でなければ、裁判官だ。しかも近松は往々弁護料を要求せざる、名誉弁護者の役目を、自ら進んで勤めている」・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・ それでも酒の器などには、ちょっと古びのついたものがまだ残っていて、ぎやまんの銚子に猪口が出たり、ちぐはぐな南京皿に茄子のしんこが盛られたりした。 お絹は蔭でそうは言っても、面と向かうと当擦りを言うくらいがせいぜいであった。少し強く・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・されば之に代って昭和時代の東京市中に哀愁脉々たる夜曲を奏するもの、唯南京蕎麦売の簫があるばかりとなった。 新内語りを始め其他の街上の芸人についてはここに言わない。 その日その日に忘れられて行く市井の事物を傍観して、走馬燈でも見るよう・・・ 永井荷風 「巷の声」
・・・ 一方が公園で、一方が南京町になっている単線電車通りの丁字路の処まで私は来た。若し、ここで私をひどく驚かした者が無かったなら、私はそこで丁字路の角だったことなどには、勿論気がつかなかっただろう。処が、私の、今の今まで「此世の中で俺の相手・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・ 日独協定が行われて略一ヵ年を経た本年下四期に日伊協定が結ばれ、南京陥落の大提灯行列は、大本営治下の各地をねり歩いた。十二月二十四日開催の第七十三議会に先立つこと九日の十五日に日本無産党・全評を中心として全国数百人の治維法違反容疑者の検・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
出典:青空文庫