・・・ されば堯典記載の天文が、今日の科學的進歩の結果と相合はず、その十二宮、二十八宿を東西南北の相稱的位置に排列せることが、天文の實際にあはざることも、もとより當然のことなり。この堯典の記事は天文の實地觀測に立脚せるものには非ずして、占星思・・・ 白鳥庫吉 「『尚書』の高等批評」
・・・あなたがあやつる人生切り紙細工は大南北のものの大芝居の如く血をしたたらせている。あまり、煩さい無駄口はききますまい。ヴァレリイが俗っぽくみえるのはあなたの『逆行』『ダス・ゲマイネ』読後感でした。然し、ここには近代青年の『失われたる青春に関す・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・琵琶湖の東北の縁にほぼ平行して、南北に連なり、近江と美濃との国境となっている分水嶺が、伊吹山の南で、突然中断されて、そこに両側の平野の間の関門を形成している。伊吹山はあたかもこの関所の番兵のようにそびえているわけである。大垣米原間の鉄道線路・・・ 寺田寅彦 「伊吹山の句について」
・・・すなわち東西に走る連山が南北に走る断層線で中断されたものである。さらにまたこの海峡の西側に比べると東側の山脈の脊梁は明らかに百メートルほどを沈下し、その上に、南のほうに数百メートルもずれ動いたものである事がわかる。もっともこの断層の生成、こ・・・ 寺田寅彦 「怪異考」
・・・北米大陸では大山脈が南北に走っているためにこうした特異な現象に富んでいるそうで、この点欧州よりは少なくも一つだけ多くの災害の種に恵まれているわけである。北米の南方ではわがタイフーンの代わりにその親類のハリケーンを享有しているからますます心強・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・ 北米のような大陸で、ことに南北の気流の比較的自由な土地はこの現象の生成に都合が好さそうに思われる。いくら米国でもこの天象を禁止し排斥する事は出来ないので、その予報の手がかりを研究しているのである。 我邦におけるこれらの現象の記録は・・・ 寺田寅彦 「凍雨と雨氷」
・・・莫約根津ト称スル地藩ハ東西二丁ニ充タズ、南北険ド三丁余。之ヲ七箇町ニ分割ス。則曰ク七軒町、曰ク宮永町、曰ク片町等ハ倶ニ皆廓外ニシテ旧来ノ商坊ナリ。曰ク藍染町、曰ク清水町、曰ク八重垣町等ハ僉廓内ニシテ再興以来ノ新巷ナリ。爾シテ花街ハ其ノ三分ノ・・・ 永井荷風 「上野」
・・・ 本所深川区内では○御蔵橋かかりし埋堀○南北の割下水○黒江町黒江橋ありし辺の溝渠。その他。 砂町では○元〆川○境川おんぼう堀。その他。 こんな事を識すのも今は落した財布の銭を数えるにも似ているであろう。 ○・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・かつて明治座の役者たちと共に、電車通の心行寺に鶴屋南北の墓を掃ったことや、そこから程遠からぬ油堀の下流に、三角屋敷の址を尋ね歩いたことも、思えば十余年のむかしとなった。 今日の深川は西は大川の岸から、東は砂町の境に至るまで、一木一草もな・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・文化年間に至って百花園の創業者佐原菊塢が八重桜百五十本を白髭神社の南北に植えた。それから凡三十年を経て天保二年に隅田村の庄家阪田氏が二百本ほどの桜を寺島須崎小梅三村の堤に植えた。弘化三年七月洪水のために桜樹の害せられたものが多かったので、須・・・ 永井荷風 「向嶋」
出典:青空文庫