昭和九年九月十三日頃南洋パラオの南東海上に颱風の卵子らしいものが現われた。それが大体北西の針路を取ってざっと一昼夜に百里程度の速度で進んでいた。十九日の晩ちょうど台湾の東方に達した頃から針路を東北に転じて二十日の朝頃からは・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・よく疑う者はよく知る人である。南洋孤島の酋長東都を訪うて鉄道馬車の馬を見、驚いてあれは人食う動物かと問う、聞いて笑わざる人なし。笑う人は馬の名を知り馬の用を知り馬の性情形態を知れどもついに馬を知る事はできぬのである。馬を知らんと思う者は第一・・・ 寺田寅彦 「知と疑い」
・・・実際アイヌの先祖の言葉であるのか、また我々の先祖の言葉が今のアイヌの言語に混入しているのか、あるいは朝鮮、支那、前インド、南洋から後に渡来したのがアイヌの先祖と吾等の先祖の言語に混合しているのかそれはなかなか容易に決定し難い問題である。・・・ 寺田寅彦 「土佐の地名」
・・・またこのコハシあるいはコフジに相当するものと思われる類似の楽器の類似の名前がヨーロッパ、アジア、アフリカ、南洋のところどころに散在しているのが目につく。たとえばリュート類似の弦楽器として概括さるべきものに、トルコのコプズ、ルーマニアのコブサ・・・ 寺田寅彦 「日本楽器の名称」
・・・熱帯ではわれわれの考えるような季節という概念のほとんど成立しない土地が多い。南洋では年じゅう夏の島がある、インドなどの季節風交代による雨期乾期のごときものも温帯における春夏秋冬の循環とはかなりかけ離れたむしろ「規則正しい長期の天気変化」とで・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・中には遠く大洋を越えて西洋の光の都、南洋のヤシの葉蔭に運ばれる。その数々の線の一つずつには、線の両端に居る人間の過去現在未来の喜怒哀楽、義理人情の電流が脈々と流れている。何と驚くべき空間網ではないか。」 そういえば、それはそうであるが、・・・ 寺田寅彦 「年賀状」
・・・もっとも二百十日や八朔の前後にわたる季節に、南洋方面から来る颱風がいったん北西に向って後に抛物線形の線路を取って日本を通過する機会の比較的多いのは科学的の事実である。そういう季節の目標として見れば二百十日も意味のない事はない、しかし厄年の方・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
一 連句の独自性 日本アジア協会学報第二集第三巻にエー・ネヴィル・ホワイマント氏の「日本語および国民の南洋起原説」という論文が出ている。これはこの表題の示すごとく、日本国語の根源が南洋にある事を論証し、従っ・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・ フックラと莟のように、海に浮いた島々が、南洋ではどんなに奇麗なことだろう。それは、ひどい搾取下にある島民たちで生活されているが、見たところは、パラダイスであった。セーラーたちは、いつもその島々を、恋人のように懐しんだ。だが、その島も、・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・太平洋に面した海岸の巖石が、地質の関係で、亀甲形や菊皿のような形に一面並んでいる、先に南洋の檳榔樹、蘭科植物などが繁茂した小島が在る。その巖の特殊な現象と、その小島に限って南洋植物が生育しているのとが、青島を著名にしているのだが、私共は大し・・・ 宮本百合子 「九州の東海岸」
出典:青空文庫