・・・これは危険の多いヘテロドックスのやり方である。これはうっかり一般の人にすすめる事のできかねるやり方である。 しかし前の安全な方法にも短所はある。読んだ案内書や聞いた人の話が、いつまでも頭の中に巣をくっていて、それが自分の目を隠し耳をおお・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・万が一しくじった場合には損害ばかりが残って危険かも知れぬ。日本のような貧乏な国ではいかに思想上価値があるからとてもしワグナアの如き楽劇一曲をやや完全に演ぜんなぞと思立たば米や塩にまで重税を課して人民どもに塗炭の苦しみをさせねばならぬような事・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・其内怪我人の危険状態は経過した。然し全治までには長い時間を要すると医師は診断した。告訴を受ければ太十は監獄署の門をくぐらねばならぬと思って居る。彼はどれ程警察署や監獄署に恐怖の念を懐いたろう。彼はそれからげっそり窶れて唯とぼとぼとした。事件・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・論に到着した自転車の鞍とペダルとは何も世間体を繕うために漫然と附着しているものではない、鞍は尻をかけるための鞍にしてペダルは足を載せかつ踏みつけると回転するためのペダルなり、ハンドルはもっとも危険の道具にして、一度びこれを握るときは・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・町全体が一つの薄い玻璃で構成されてる、危険な毀れやすい建物みたいであった、ちょっとしたバランスを失っても、家全体が崩壊して、硝子が粉々に砕けてしまう。それの安定を保つためには、微妙な数理によって組み建てられた、支柱の一つ一つが必要であり、そ・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・のがあると、危険だからであった。 その見廻りは小林がいつでも引き受けていた。が、此場合では小林はその役目を果す事は出来なかった。 時間は、吹雪の夜そのもののように、冷酷に経った。余り帰りが遅くなるので、秋山の長屋でも、小林の長屋でも・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・吉里は一番後れて、階段を踏むのも危険いほど力なさそうに見えた。「吉里さん、吉里さん」と、小万が呼び立てた時は、平田も西宮ももう土間に下りていた。吉里は足が縮んだようで、上り框までは行かれなかッた。「吉里さん、ちょいと、ちょいと」と、・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・この少年をして政治・経済の書を読ましむるは危険に非ずや。政治・経済、もとよりその学を非なりというに非ざれども、これを読みて世の安寧を助くると、これを妨ぐるとは、その人に存するのみ。 余輩の所見にては、弱冠の生徒にしてこれらの学につくは、・・・ 福沢諭吉 「経世の学、また講究すべし」
・・・もし投げたる球が走者に中れば死球といいて敵を殺さぬのみならずかえって防者の損になるべしされば走者がこの危険の中に身を投じて唯一の塁壁と頼むべきは第一第二第三の基なり。けだし走者の身体の一部この基(坐蒲団に触れおる間は敵の球たとい身の上に触る・・・ 正岡子規 「ベースボール」
・・・私はいままでに、こんな危険に迫った仕事をしたことがない。」「十日のうちにできるでしょうか。」「きっとできる。装置には三日、サンムトリ市の発電所から、電線を引いてくるには五日かかるな。」 技師はしばらく指を折って考えていましたが、・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
出典:青空文庫