・・・この間にわたくしは西洋に移り住もうと思立って、一たびは旅行免状をも受取り、汽船会社へも乗込の申込までしたことがあった。その頃は欧洲行の乗客が多いために三カ月位前から船室を取る申込をして置かねばならなかったのだ。わたくしは果してよくケーベル先・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・銭勘定は会計、受取は請求というのだったな。」 唖々子の戯るるが如く、わたしはやがて女中に会計なるものを命じて、倶に陶然として鰻屋の二階を下りると、晩景から電車の通らない築地の街は、見渡すかぎり真白で、二人のさしかざす唐傘に雪のさらさらと・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・余が博士を辞退した手紙が同じく新聞紙上で発表されたときもまた余は故旧新知もしくは未知の或ものからわざわざ賛成同情の意義に富んだ書状を幾通も受取った。伊予にいる一旧友は余が学位を授与されたという通信を読んで賀状を書こうと思っていた所に、辞退の・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・若シ書ケルナラ僕ノ目ノ明イテル内ニ今一便ヨコシテクレヌカ 画ハガキモ慥ニ受取タ。倫敦ノ焼芋ノ味ハドンナカ聞キタイ。 不折ハ今巴里ニ居テコーランノ処ヘ通ッテ居ルソウジャナイカ。君ニ逢ウタラ鰹節一本贈ルナドトイウテ居タガ、モーソンナ者ハ・・・ 夏目漱石 「『吾輩は猫である』中篇自序」
・・・と、善吉は戻ッて手拭を受け取ッて吉里を見ると、もう裏梯子を下りようとしていたところである。善吉は足早に吉里の後を追うて、梯子の中段で追いついたが、吉里は見返りもしないで下湯場の方へ屈ッた。善吉はしばらく待ッていたが、吉里が急に出て来る様子も・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・左れば子に対して親の教を忽にす可らずとは尤至極の沙汰にして、左もある可きことなれども女子に限りて男子よりも云々とは請取り難し。男の子なれば之を寵愛して恣に育てるも苦しからずや。養家に行きて気随気儘に身を持崩し妻に疏まれ、又は由なき事に舅を恨・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
遺言状一 余死せば朝日新聞社より多少の涙金渡るべし一 此金を受取りたる時は年齢に拘らず平均に六人の家族に頭割りにすべし例せば社より六百円渡りたる時は頭割にして一人の所得百円となる計算也一 此分配法ニ・・・ 二葉亭四迷 「遺言状・遺族善後策」
・・・なぜなら、この森が私へこの話をしたあとで、私は財布からありっきりの銅貨を七銭出して、お礼にやったのでしたが、この森は仲々受け取りませんでした、この位気性がさっぱりとしていますから。 さてみんなは黒坂森の云うことが尤もだと思って、もう少し・・・ 宮沢賢治 「狼森と笊森、盗森」
この間の邦語訳の椿姫の歌うなかに、この受取りを御覧下さいということばがあったが、それが日本語で歌われるといかにも現実感がありましたが、昨今ではそのうたをうたうプリマドンナの腕も、ステイジ用のトランク運びで逞しくなるとは面白・・・ 宮本百合子 「裏毛皮は無し」
・・・ きのう奴頭に教えられたように、厨子王はかれいけを持って厨へ餉を受け取りに往った。屋根の上、地にちらばった藁の上には霜が降っている。厨は大きい土間で、もう大勢の奴婢が来て待っている。男と女とは受け取る場所が違うのに、厨子王は姉のと自分の・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫