・・・それ以前とて会えば寒暄を叙する位の面識で、私邸を訪問したのも二、三度しかなかった。シカモその二、三度も、待たされるのがイツモ三十分以上で、漸く対座して十分かソコラで用談を済ますと直ぐ定って、「ドウゾ復たお閑の時御ユックリとお遊びにいらしって・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・だから彼は、威海衛の大攻撃を叙するにあたって熱を帯びた筆致を駆使し得ているのである。そして、彼が軍艦に乗り組んでそこでの生活を目撃しながら、その心眼に最もよく這入ったものは、士官若しくはそれ以上の人々の生活と、その愉快なことゝ、戦争の爽快さ・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・写生文家は泣かずして他の泣くを叙するものである。 そんな不人情な立場に立って人を動かす事ができるかと聞くものがある。動かさんでもいいのである。隣りの御嬢さんも泣き、写す文章家も泣くから、読者は泣かねばならん仕儀となる。泣かなければ失敗の・・・ 夏目漱石 「写生文」
出典:青空文庫