・・・き 片頬ふくれしかほをのぞけば ひな勇を思ひ出してソトなでゝ涙ぐみけり青貝の 螺鈿の小箱光る悲しみ紫のふくさに包み花道で もらひし小箱今はかたみよ振長き京の舞子の口紅の うつりし扇なつかしきかな・・・ 宮本百合子 「短歌習作」
・・・そして死ぬその時までにぎって居て死んだらこれをと云って置いた扇は少し口紅がついてますが御送り致しますと書いてあった。青貝の螺鈿の小箱、口紅のかすかにのこる舞扇、紫ふくさ――私は只夢の中の語語りを見てるように――きくように青貝の光りにさそい出・・・ 宮本百合子 「ひな勇はん」
・・・しきりに押している私の財布には、口紅が入っていた。口紅だと思いますけれど。――おあけ下さい。そういうと、女のひとは、失礼しますと財布をあけて、その口紅を見た。これらは、至極丁寧な根気づよい態度でされるのであった。 傍聴人控室へまで入った・・・ 宮本百合子 「待呆け議会風景」
出典:青空文庫