・・・…… 古老の伝える所によると、前田家では斉広以後、斉泰も、慶寧も、煙管は皆真鍮のものを用いたそうである、事によると、これは、金無垢の煙管に懲りた斉広が、子孫に遺誡でも垂れた結果かも知れない。・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・の材料も、加州藩の古老に聞いた話を、やはり少し変えて使った。前に出した「虱」とこれと、来月出す「明君」とは皆、同じ人の集めてくれた材料である。○同人は皆、非常に自信家のように思う人があるが、それは大ちがいだ。ほかの作家の書いたものに、帽・・・ 芥川竜之介 「校正後に」
・・・ こんな相談は、故老に限ると思って呼んだ。どうだろう。万一の事があるとなら、あえて宮浜の児一人でない。……どれも大事な小児たち――その過失で、私が学校を止めるまでも、地じだんだを踏んでなりと直ぐに生徒を帰したい。が、何でもない事のようで・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・批評家じゃ無い。古老の曰く、「心中の敵、最も恐るべし。」私の小説が、まだ下手くそで伸び切らぬのは、私の心中に、やっぱり濁ったものがあるからだ。 太宰治 「鬱屈禍」
・・・「いかって、とくした人ないと古老のことばにもある。じたばた十年、二十年あがいて、古老のシンプリシティの網の中。はははは。そうして、ふり仮名つけたのは?」「はい。すこし、よすぎた文章ゆえ、わざと傷つけました。きざっぽく、どうしても子供・・・ 太宰治 「創生記」
・・・ これに聯関して、やはり土佐で古老から聞いたことであるが、暴風の風力が最も劇烈な場合には空中を光り物が飛行する、それを「ひだつ」と名づけるという話であった。これも何かの錯覚であるかどうか信用の出来る資料がないから不明である。しかし自分の・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・彼らの中の古老は気象学者のまだ知らない空の色、風の息、雲のたたずまい、波のうねりの機微なる兆候に対して尖鋭な直観的洞察力をもっている。長い間の命がけの勉強で得た超科学的の科学知識によるのである。それによって彼らは海の恩恵を受けつつ海の禍を避・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・わたくし等が行燈の下に古老の伝説を聞き、其の人と同じようにいわれもない不安と恐怖とを覚えたのは、今よりして之を顧れば、其時代の空気には一味の哀愁が流れていた故でもあろう。この哀愁は迷信から起る恐怖と共に、世の革るにつれて今や全く湮滅し尽した・・・ 永井荷風 「巷の声」
・・・旧説は両性の関係を律するに専ら形式を以てせんとし、我輩は人生の天然に従て其交情を全うせんとするものなれば、所謂儒流の故老輩が百千年来形式の習慣に養われて恰も第二の性を成し、男尊女卑の陋習に安んじて遂に悟ることを知らざるも固より其処なり、文明・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・ 近来世間にいわゆる文明開化の進歩と共に学術技芸もまた進歩して、後進の社会に人物を出し、また故老の部分においても随分開明説を悦んで、その主義を事に施さんとする者あるは祝すべきに似たれども、開明の進歩と共に内行の不取締もまた同時に進歩し、・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
出典:青空文庫