・・・ 明治年間池塘に居を卜した名士にして、わたくしの伝聞する所の者を挙ぐれば既に述べた福地桜痴小野湖山の他には篆刻家中井敬所と箕作秋坪との二人があるのみである。 わたくしは甚散漫ながら以上の如く明治年間の上野公園について見聞する所を述べ・・・ 永井荷風 「上野」
・・・皆一時の名士である。しかし明治四十三年八月初旬の水害以後永くその旧居に留ったものは幸田淡島其角堂の三家のみで、その他はこれより先既に世を去ったものが多かった。堤上の桜花もまた水害の後は時勢の変遷するに従い、近郊の開拓せらるるにつれて次第に枯・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・あなたの下を見廻す、監督官の相図を待って一気にこの坂を馳け下りんとの野心あればなり、坂の長さ二丁余、傾斜の角度二十度ばかり、路幅十間を超えて人通多からず、左右はゆかしく住みなせる屋敷ばかりなり、東洋の名士が自転車から落る稽古をすると聞いて英・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・一握りの支配する位置にある人々が、或はそれらの人々を代表としている一群の男女が、頽廃した文化をつくり出していたのが事実だとして、フランスのあの勤勉で堅実な農民たちの朝夕が、果してその名士達と同様に頽廃していたなどと云い得るだろうか。朝六時に・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
・・・去年第一回のMRAの大会には、アメリカの名士が大勢出席したが、本年のコーの大会にはアメリカの上院、下院あわせて六名の議員しか出席しなかった。ブックマン博士がナチスのヒムラーやヘスと特別な関係があったことがイギリス議会で発見されている。ウォー・・・ 宮本百合子 「再武装するのはなにか」
・・・ 純文学の作品をのせる雑誌は多く綜合雑誌で、政治、社会、経済等についての論文なども学者や名士の力作がのせられた。大衆小説のどっさりのる雑誌は講談社のキングその他新聞社、博文館などの娯楽雑誌で、そういう雑誌では同じ経済記事にしろ勤労大・・・ 宮本百合子 「商売は道によってかしこし」
・・・私のところに手伝って貰って居た人で名士訪問会という会へ出かけ、一日でも家にじっとして居られないという人がありましてね」 皆笑う。「ほんとうに真面目なんですよ、気違いでも何でも真面目だからいいって手伝って居て貰って居ましたが、気違いの・・・ 宮本百合子 「一九二三年冬」
・・・昨晩の夕刊はこの悲しい入港とその同じ船にのって帰って来た名士たちの帰朝談とを報じていた。船の医者やその他の責任者たちはもとより、心から遺憾の意を表してはいるのだろうが、私たち一般のものの感情には何かまだそこに表現され足りないものがあると感じ・・・ 宮本百合子 「龍田丸の中毒事件」
・・・それはだぶついていつも曖昧さを漂わせている日本の名士づらに鋭く対照する面構えである。 この指導者が、縦横無尽という風に、ときに悪態さえ交えながら、しかも、婦人たちの本能的なつつしみには自然のいたわりをもっていて、荒っぽく、しかも淡白な話・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・ 昔、西園寺公が夏目漱石を筆頭に、文壇的名士を招待したことがあった。その時、漱石は、句は忘れたが、折角ほととぎすが鳴いているが、惜や自分は厠の中で出るに出られぬという意味の一首を送って、欠席したという話がある。その時、漱石は仕事がひどく・・・ 宮本百合子 「文壇はどうなる」
出典:青空文庫