・・・爺さんは茶碗のような大きなもので酒をぐいと飲んで、そうして、ふうと長い息を白い髯の間から吹き出した。すると神さんが、「御爺さんの家はどこかね」と聞いた。爺さんは長い息を途中で切って、「臍の奥だよ」と云った。神さんは手を細い帯の間に突・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・ ジャックハムマーも、ライナーも、十台の飛行機が低空飛行をでも為ているように、素晴らしい勢で圧搾空気を、ルブから吹き出した。 コムプレッサーでは、ゲージは九十封度に昇っていた。だから、鑿岩機の能率は良かった。「おい、早仕舞にしよ・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・するとだれへきいても、みんなブドリのあまりまじめな顔を見て、吹き出しそうにしながら、「そんな学校は知らんね。」とか、「もう五六丁行ってきいてみな。」とかいうのでした。そしてブドリがやっと学校をさがしあてたのはもう夕方近くでした。その・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・私はとうとう吹き出しました。実際異教席の連中ときたらどれもみんな醜悪だったのです。 俄かに澄み切った電鈴の音が式場一杯鳴りわたりました。 拍手が嵐のように起りました。 白髯赭顔のデビス長老が、質素な黒のガウンを着て、祭壇に立った・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ その時栗の木が湯気をホッホッと吹き出しましたのでネネムは少し暖まって楽になったように思いました。そこで又元気を出して網を空に投げました。空では丁度星が青く光りはじめたところでした。 ところが今度の網がどうも実に重いのです。ネネムは・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・ 風がごうごうっと吹き出し、まっくろなひのきがゆれ、掛茶屋のすだれは飛び、あちこちのあかりは消えました。 かぐらの笛がそのときはじまりました。けれども亮二はもうそっちへは行かないで、ひとり田圃の中のほの白い路を、急いで家の方へ帰りま・・・ 宮沢賢治 「祭の晩」
・・・ 仙二はフットあたりを見廻してから口笛を吹き出して何のあてどもなく足元の花をむしった。 そうして何となく重い物を抱えた様にして家にかえった。 それから後毎日夕方になるときっとその二つの姿を見た、いつの時でも女はきっと赤い帯に雪踏・・・ 宮本百合子 「グースベリーの熟れる頃」
・・・「たった今、きたばかりで何故だか私は吹き出してしまった」 私は長い間立ちどまっていろいろな事を思った様子ははりでついたほども見せなかった、私は見せても見えないような彼の女だからだ。「よっぽどまったんかい」「ナニ、ほんの一寸、・・・ 宮本百合子 「砂丘」
・・・石油が細いピストンのようなものの間から吹き出して、私のブラウズの胸にかかった。おやと云っているまにもう風に散らされ、しみが微かにのこったばかりである。汲出櫓の上に登っているのであるが、右手を見ると、粗末な石垣のすぐそこから曇天と風とで荒々し・・・ 宮本百合子 「石油の都バクーへ」
・・・ と、口笛を吹き出したのである。 ゴーリキイはそういう口笛に合わせる笛をもって生れて来ていなかった。当時ロシアにはびこった機械主義的マルクス主義の理解によって、真理に近づこうとする正当な努力の方向をそらされたのはもちろんゴーリキイ一人で・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの人及び芸術」
出典:青空文庫