・・・ と言わんばかり、ひたすら私の気に入られようと上品ぶって、ぶるっと胴震いさせたり、相手の犬を、しかたのないやつだね、とさもさも憐れむように流し目で見て、そうして、私の顔色を伺い、へっへっへっと卑しい追従笑いするかのごとく、その様子のいや・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・殺されて行く獅子を哀れむ心を生じるだけの余裕があるであろうか。「なんの権利があって人間はこの自由な野の住民を殺戮するだろう」たとえばそんな疑いを起こすだけの離れた立場に身を置きうるであろうか。 映画に下手な天然色を出そうとする試みなども・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・同病相哀れむゆえんであろうか。 いちょうの黄葉は東京の名物である。しかしいくらとっても写真にはあの美しさは出しようがない。そのいちょうも次第に落葉して、箒をたてたようなこずえにNWの木枯らしがイオリアンハープをかなでるのも遠くないであろ・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・そして同病相哀れむ心から私は急いでそこを通り過ぎねばならなかった。 ようやく丘の下の往還に出ると、ちょうどそこから登る坂道があった。登りつめるときれいな芝を植えた斜面から玉川沿いの平野一面を見晴らす事ができた。しかしそれよりも私の目をひ・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・これにはもちろん子を哀れみまた自分を哀れむ複雑な心理が伴なってはいるが、しかしともかくもそうした直接行動によって憤怒の緊張は緩和され、そうして自己を客観することのできるだけに余裕のある状態に移って行くのである。そうしてかわいいわが子を折檻し・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ 蛞蝓はそう云って憐れむような眼で私を見た。「どうだい。も一度行かないか」「今行ったが開かなかったのさ」「そうだろう、俺が閂を下したからな」「お前が! そしてお前はどこから出て来たんだ」 私は驚いた。あの室には出入口・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・此人たちは私を汚しはしなかったよ。お前さんも、も少し年をとると分って来るんだよ」 私はヒーローから、一度に道化役者に落ちぶれてしまった。此哀れむべき婦人を最後の一滴まで搾取した、三人のごろつき共は、女と共にすっかり謎になってしまった。・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・滔々たる天下、この口実遁辞を用いる者さえもなき世の中なれ、憐れむべきにあらずや。畢竟子を学校に入るる者の内心を探りてその真実を丸出しにすれば、自分にて子供を教育しこれに注意するは面倒なりというに過ぎず。一月七、八円の学費を給し既に学校に入る・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・がために、一家内に様々の風波を起こして家人の情を痛ましめ、以てその私徳の発達を妨げ、不孝の子を生じ、不悌不友の兄弟姉妹を作るは、固より免るべからざるの結果にして、怪しむに足らざる所なれども、ここに最も憐れむべきは、家に男尊女卑の悪習を醸して・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・しかしながら物語の最後ではそういう形で人との間にきめられている関係が、三郎爺をもルスタムをも、哀れむべき存在とし残酷に扱われた人間としていることを作者が見のがしていないことである。そして、それを見のがさず、むしろその一点に人間的哀感を傾注し・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第二巻)」
出典:青空文庫