・・・これは勿論私一人の、能くする所ではございません。皆天地の御主、あなたの御恵でございます。が、この日本に住んでいる内に、私はおいおい私の使命が、どのくらい難いかを知り始めました。この国には山にも森にも、あるいは家々の並んだ町にも、何か不思議な・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・御辞宜を能くする卑劣の樹もある。這ッて歩いて十年たてば旅行いたし候と留守宅へ札を残すような行脚の樹もある。動物の中でもなまけた奴は樹に劣ッてる。樹男という野暮は即ちこれさ。元より羊は草にひとしく、海ほおずきは蛙と同じサ、動植物無区別論に極ッ・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・二葉亭の『浮雲』や森先生の『雁』の如く深刻緻密に人物の感情性格を解剖する事は到底わたくしの力の能くする所でない。然るに、幸にも『深川の唄』といい『すみだ川』というが如き小作を公にするに及んで、忽江戸趣味の鼓吹者と目せられ、以後二十余年の今日・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・そもそも人の私徳を脩むる者は、何故に自信自重の気象を生じて、自ら天下の高所に居るやと尋ぬるに、能く難きを忍んで他人の能くせざる所を能くするが故なり。例えば読書生が徹夜勉強すれば、その学芸の進歩如何にかかわらず、ただその勉強の一事のみを以て自・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
出典:青空文庫