・・・ 神将はこう喚くが早いか、三叉の戟を閃かせて、一突きに杜子春を突き殺しました。そうして峨眉山もどよむ程、からからと高く笑いながら、どこともなく消えてしまいました。勿論この時はもう無数の神兵も、吹き渡る夜風の音と一しょに、夢のように消え失・・・ 芥川竜之介 「杜子春」
・・・ やあ、火が点れたいッて、おらあ、吃驚して喚くとな、……姉さん。」「おお、」と女房は変った声音。「黙って、黙って、と理右衛門爺さまが胴の間で、苫の下でいわっしゃる。 また、千太がね、あれもよ、陸の人魂で、十五の年まで見ねえけ・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・とく猛然として顕れたのは摂理の大人で。「動!」と喚くと、一子時丸の襟首を、長袖のまま引掴み、壇を倒に引落し、ずるずると広前を、石の大鉢の許に掴み去って、いきなり衣帯を剥いで裸にすると、天窓から柄杓で浴びせた。「塩を持て、塩を持て。」・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・と胸毛に懸ると、火を曳くように毛が動いた。「あ熱々!」 と唐突に躍り上って、とんと尻餅を支くと、血声を絞って、「火事だ! 同役、三右衛門、火事だ。」と喚く。「何だ。」 と、雑所も棒立ちになったが、物狂わしげに、「なぜ・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・練馬大根と言う、おかめと喚く。雲の内侍と呼ぶ、雨しょぼを踊れ、と怒鳴る。水の輪の拡がり、嵐の狂うごとく、聞くも堪えない讒謗罵詈は雷のごとく哄と沸く。 鎌倉殿は、船中において嚇怒した。愛寵せる女優のために群集の無礼を憤ったのかと思うと、―・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ 隧道を、爆音を立てながら、一息に乗り越すと、ハッとした、出る途端に、擦違うように先方のが入った。「危え、畜生!」 喚くと同時に、辰さんは、制動機を掛けた。が、ぱらぱらと落ちかかる巌膚の清水より、私たちは冷汗になった。乗違えた自・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・袖に横撫のあとの光る、同じ紺のだふだふとした前垂を首から下げて、千草色の半股引、膝のよじれたのを捻って穿いて、ずんぐりむっくりと肥ったのが、日和下駄で突立って、いけずな忰が、三徳用大根皮剥、というのを喚く。 五 ・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・笑うやら、喚くやら、ばたばたという内に、お鉄が障子を閉めました。後の十畳敷は寂然と致し、二筋の燈心は二人の姿と、床の間の花と神農様の像を、朦朧と照しまする。 九 小宮山は所在無さ、やがて横になって衾を肩に掛けまし・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・友達の前であろうが、知らぬ人の前であろうが、痛い時には、泣く、喚く、怒る、譫言をいう、人を怒りつける、大声あげてあんあんと泣く、したい放題のことをして最早遠慮も何もする余地がなくなって来た。サアこうなって見ると、我ながらあきれたもので、その・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
出典:青空文庫