・・・…… そこに、青き苔の滑かなる、石囲の掘抜を噴出づる水は、音に聞えて、氷のごとく冷やかに潔い。人の知った名水で、並木の清水と言うのであるが、これは路傍に自から湧いて流るるのでなく、人が囲った持主があって、清水茶屋と言う茶店が一軒、田畝の・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ちょっとまた踊が憑いた形になると、興に乗じて、あの番頭を噴出させなくっては……女中をからかおう。……で、あろう事か、荒物屋で、古新聞で包んでよこそう、というものを、そのままで結構よ。第一色気ざかりが露出しに受取ったから、荒物屋のかみさんが、・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ たちまち口にふたをして、「ここは噴出す処でねえ。麦こがしが消飛ぶでや、お前様もやらっせえ、和尚様の塩加減が出来とるで。」 欠茶碗にもりつけた麦こがしを、しきりに前刻から、たばせた。が、匙は附木の燃さしである。「ええ塩梅だ。・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・……榎は榎、大楠、老樫、森々と暗く聳えて、瑠璃、瑪瑙の盤、また薬研が幾つも並んだように、蟠った樹の根の脈々、巌の底、青い小石一つの、その下からも、むくむくとも噴出さず、ちろちろちろちろと銀の鈴の舞うように湧いています。不躾ですが、御手洗で清・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・と、たちまち心着いて、思わず、禁ぜざる苦笑を洩すと、その顔がまた合った。「ぷッ、」と噴出すように更に笑った女が、堪らぬといった体に、裾をぱッぱッと、もとの方へ、五歩六歩駈戻って、捻じたように胸を折って、「おほほほほ。」 胸を反し・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・ 飛附いて扶けようと思ったが、動けるどころの沙汰ではないので、人はかような苦しい場合にも自ら馬鹿々々しい滑稽の趣味を解するのでありまする、小宮山はあまりの事に噴出して、我と我身を打笑い、「小宮山何というざまだ、まるでこりゃ木戸銭は見ての・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・再び噴出せし今は清き甘き泉となりぬ。われは勇みてこの行に上るべし。望みは遠し、されど光のごとく明るし。熱血、身うちに躍る、これわが健康の徴ならずや。みな君が賜なり。』 青年の眼は輝きて、その頬には血のぼりぬ。『されば必ず永久の別れち・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・余程肚の中がむしゃくしゃして居て、悪気が噴出したがっていたのであろう。 叱咤したとて雪は脱れはしない、益々固くなって歯の間に居しこるばかりだった。そこで、ふと見ると小溝の上に小さな板橋とおぼしいのが渡っているのが見えたので、其板橋の堅さ・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・みれば、私はやはり潔くなっていないのかも知れないと気弱く肯定する僻んだ気持が頭をもたげ、とみるみるその卑屈の反省が、醜く、黒くふくれあがり、私の五臓六腑を駈けめぐって、逆にむらむら憤怒の念が炎を挙げて噴出したのだ。ええっ、だめだ。私は、だめ・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・案ずるに、かれはこの数行の文章をかれ自身の履歴書の下書として書きはじめ、一、二行を書いているうちに、はや、かれの生涯の悪癖、含羞の火煙が、浅間山のそれのように突如、天をも焦がさむ勢にて噴出し、ために、「なあんてね」の韜晦の一語がひょいと顔を・・・ 太宰治 「狂言の神」
出典:青空文庫