・・・いと口には云ったようなものの、ままにならぬは浮世の習、容易にそっちの方角へ曲らない、道幅三分の二も来た頃、やっとの思でハンドルをギューッと捩ったら、自転車は九十度の角度を一どきに廻ってしまった、その急廻転のために思いがけなき功名を博し得たと・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・人間と人間、事件と事件が衝突したり、捲き合ったり、ぐるぐる回転したりする時その優劣上下が明かに分るような性質程度で、その成行が比較さえできればいい訳だが、惜しい哉この比較をするだけの材料、比較をするだけの頭、纏めるだけの根気がないために、す・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・黒板に向って一回転をなしたといえば、それで私の伝記は尽きるのである。しかし明日ストーヴに焼べられる一本の草にも、それ相応の来歴があり、思出がなければならない。平凡なる私の如きものも六十年の生涯を回顧して、転た水の流と人の行末という如き感慨に・・・ 西田幾多郎 「或教授の退職の辞」
・・・ あの人は棺に入らないで回転窯の中へ入ってしまいましたわ。 私はどうして、あの人を送って行きましょう。あの人は西へも東へも、遠くにも近くにも葬られているのですもの。 あなたが、若し労働者だったら、私にお返事下さいね。その代り、私の恋・・・ 葉山嘉樹 「セメント樽の中の手紙」
・・・地球の廻転がじかにそのこととして体に感じられないように、いつの間にか日本の現代文学は歴史の扉をひらかれて、アジアと世界の前に価値評価をうけようとしている。 宮本百合子 「五月のことば」
・・・署長は、大テーブルのあっち側で、両手をズボンのポケットに突こみ、廻転椅子の上に反っている。「どうですね」「ええ。……体はどうなの?」 自分は真直母親と口をききはじめた。こういう場面で母娘の対面は実に重荷であった。我々母親は十何年・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・平凡な、人間性のよわい、自主性のかけた人物が、ある機構の特定の性格にしたがった廻転によって、ある場所におかれるとき、その人物は自分としてではなく、その機構そのものの本質を具現する典型となってあらわれて来ている。そして、悲劇もシェークスピアに・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
・・・政府の大機関の一小歯輪となって、自分も廻転しているのだということは、はっきり自覚している。自覚していて、それを遣っている心持が遊びのようなのである。顔の晴々としているのは、この心持が現れているのである。 為事が一つ片附くと、朝日を一本飲・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・此の恐るべき文学の包括力が、マルクスをさえも一個の単なる素材となすのみならず、宇宙の廻転さえも、及び他の一切の摂理にまで交渉し得る能力を持っているとするならば、われわれの文学に対する共通の問題は、一体、いかなる所にあるのであろうか。それは、・・・ 横光利一 「新感覚派とコンミニズム文学」
・・・全身に溢れた力が漲りつつ、頂点で廻転している透明なひびきであった。 梶は立った。が、またすぐ坐り直し、玄関の戸を開け加減の音を聞いていた。この戸の音と足音と一致していないときは、梶は自分から出て行かない習慣があったからである。間もなく戸・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫