・・・おまけに店を囲う物は、江戸伝来の葭簀だった。だから洋食は食っていても、ほとんど洋食屋とは思われなかった。風中は誂えたビフテキが来ると、これは切り味じゃないかと云ったりした。如丹はナイフの切れるのに、大いに敬意を表していた。保吉はまた電燈の明・・・ 芥川竜之介 「魚河岸」
・・・ その時姉が、並んで来たのを、衝と前へ出ると、ぴったりと妹をうしろに囲うと、筒袖だが、袖を開いて、小腕で庇って、いたいけな掌をパッと開いて、鏃の如く五指を反らした。 しかして、踏留まって、睨むかと目をみはった。「ごめんよ。」・・・ 泉鏡花 「若菜のうち」
・・・ もとよりその頃は既に身うけされて、朝鮮の花街から呼び戻され、川那子家の御寮人で収まっていたお千鶴は、「――ほかのことなら辛抱できまっけど、囲うにこと欠いて、なにもわての従妹を……」 と、まるで、それがおれのせいかのように、おれ・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・縁側に出て見ると小庭を囲う低い土塀を越して一面の青田が見える。雨は煙のようで、遠くもない八幡の森や衣笠山もぼんやりにじんだ墨絵の中に、薄く萌黄をぼかした稲田には、草取る人の簑笠が黄色い点を打っている。ゆるい調子の、眠そうな草取り歌が聞こえる・・・ 寺田寅彦 「竜舌蘭」
・・・村はずれの小道を畑づたいにやや山手の方へのぼり行けば四坪ばかり地を囲うて中に範頼の霊を祭りたる小祠とその側に立てたる石碑とのみ空しく秋にあれて中々にとうとし。うやうやしく祠前に手をつきて拝めば数百年の昔、目の前に現れて覚えずほろほろと落つる・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
出典:青空文庫