・・・尤も君なんかの所謂警察眼なるものから見たら、何でもそう見えるんか知らんがね、これでも君、幾らかでも国家社会の為めに貢献したいと思って、貧乏してやってるんだからね。単に食う食わぬの問題だったら、田舎へ帰って百姓するよ」 彼は斯う額をあげて・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・と言わんよりもむしろ、国家の大難に当たりてこれを挙国一致で喜憂する事においてその生活の題目を得た。ポーツマウス以後、それがなくなった。 かれ男爵、ただ酒を飲み、白眼にして世上を見てばかりいた加藤の御前は、がっかりしてしまった。世上の人は・・・ 国木田独歩 「号外」
・・・発達しないのは、東洋の婦人の時代遅れの点もあろうが、われわれはアメリカ婦人のようなのが、婦人として本性にかなった正常な姿ではなく、やはり社会の欠陥から生じた変態であって、われわれは早く東洋的な、理想的国家をつくって、東洋婦人が安んじてその本・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・社会主義的社会の建設に恐怖しているブルジョア国家の手がそこに動いていた。警戒兵たちがいまいましがっている支那人の背後には、×××がいた。 商品とかえられて持ちだされてきいたルーブル紙幣は、十二銭内外で、サヴエート国内でただ一カ所密売買を・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・奥殿深く秘めおいたる虎の子をぽつりぽつり背負って出て皆この真葛原下這いありくのら猫の児へ割歩を打ち大方出来たらしい噂の土地に立ったを小春お夏が早々と聞き込み不断は若女形で行く不破名古屋も這般のことたる国家問題に属すと異議なく連合策が行われ党・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・ただもう、やたらに天下国家ばかり論じて、そうして私を叱るのです。」「そんな事はあるまい。」先生は落ちついている。「てれているんだろう。大隅君は、うれしい時に限って、不機嫌な顔をする男なんだ。悪い癖だが、無くて七癖というから、まあ大目に見・・・ 太宰治 「佳日」
・・・ヨオロッパの平和のために死ぬる。国家の行政のために死ぬる。文化のために死ぬる。 襟は遺言をもって検事に贈る。どうとも勝手にするがいい。 故郷を離れて死ぬるのはせつない。涙が翻れて、もうあとは書けない。さらばよ。我がロシア。・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・ 智能の世界においての貴族である彼は社会の一員としては生粋のデモクラットである。国家というものは、彼にとってはそれ自身が目的でも何でもない。金の力も無論なんでもない。そうかと云って彼は有りふれの社会主義者でもなければ共産党でもない。彼の・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・幸に世界を流るる一の大潮流は、暫く鎖した日本の水門を乗り越え潜り脱けて滔々と我日本に流れ入って、維新の革命は一挙に六十藩を掃蕩し日本を挙げて統一国家とした。その時の快豁な気もちは、何ものを以てするも比すべきものがなかった。諸君、解脱は苦痛で・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・芸術は遂に国家と相容れざるに至って初めて尊く、食物は衛生と背戻するに及んで真の味を生ずるのだ。けれども其処まで進もうというには、妻あり子あり金あり位ある普通人には到底薄気味わるくて出来るものではない。そこで自然と、物には専門家と素人の差別が・・・ 永井荷風 「妾宅」
出典:青空文庫