・・・それが HERBERT さんだったら、かえって私が、埋もれた天才を掘り出したなどと、ほめられるかも知れないのだから、ヘルベルトさんも気の毒である。この作家だって、当時本国に於いては、大いに流行した人にちがいない。こちらが無学で、それを知らな・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・世の中が、君たちのその胸の中に埋もれている誠実を理解してくれないだけのことだ。姉に捨てられたら、僕のとこに来い。一緒にやって行こう。なに、僕だって、いつまでもうろうろしているつもりはないのだ。僕は、こんな無益な侮辱を受けたことはない。女中の・・・ 太宰治 「花燭」
・・・も以後はいっさい口にせず、ただ黙々と相変らずの貧しいその日暮しを続け、親戚の者たちにはやはり一向に敬せられなかったが、格別それを気にするふうも無く、極めて平凡な一田夫として俗塵に埋もれた。自註。これは、創作である。支那のひとたちに読・・・ 太宰治 「竹青」
・・・こう思うと、その青年、田舎に埋もれた青年の志ということについて、脈々とした哀愁が私の胸を打った。つづいて、『親々と子供』の中の墓場のシーンが眼に浮かんできた。バザロフとはまるで違ってはいるけれども……。 私は青年――明治三十四五年から七・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・ 炉の前に、大きな肘掛椅子に埋もれた、一人の白髪の老人が現われる。身動き一つしないで、じっと焔を見詰めている。焔の中を透して過去の幻影を見詰めている。 焔の幕の向うに大きな舞踊の場が拡がっている。華やかな明るい楽の音につれて胡蝶のよ・・・ 寺田寅彦 「ある幻想曲の序」
・・・ こんな風に、先生の御遺族や、また御弟子達の思いも付かない方面に隠れ埋もれた資料が存外沢山あるかもしれない、そういうのは今のうちに蒐集しなければもはや永久に失われてしまうのではないかと思われる。 そういう例としてはまた次のようなこと・・・ 寺田寅彦 「埋もれた漱石伝記資料」
・・・足もとの土でさえ、舗装の人造石やアスファルトの下に埋もれてしまっているのに、何をなつかしむともなく、尾張町のあたりをさまよっては、昔の夢のありかを捜すような思いがするのである。 谷中の寺の下宿はこの上もなく暗く陰気な生活であった。土曜日・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・しかし、はじめは人目に付きやすい処に立ててあるのが、道路改修、市区改正等の行われる度にあちらこちらと移されて、おしまいにはどこの山蔭の竹藪の中に埋もれないとも限らない。そういう時に若干の老人が昔の例を引いてやかましく云っても、例えば「市会議・・・ 寺田寅彦 「津浪と人間」
・・・しかしアインシュタインは古い昔のガリレーをほじくって相対性原理を掘りだし、ブローイーは塵に埋もれたハミルトンにはたきと磨きをかけて波動力学を作りあげた。 時々西洋へ出かけて目新しい機械や材料を仕入れて来ては田舎学者の前でしたり顔にひけら・・・ 寺田寅彦 「猫の穴掘り」
・・・そのすぐ下に肋骨が埋もれてる筈じゃないか。」大学士はあわてて走って行きました。「もう時間だよ。行こう。」カムパネルラが地図と腕時計とをくらべながら云いました。「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」ジョバンニは、ていねいに大学士・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
出典:青空文庫