・・・そうして、野生の鳥獣が地震や風雨に堪えるようにこれら未開の民もまた年々歳々の天変を案外楽にしのいで種族を維持して来たに相違ない。そうして食物も衣服も住居もめいめいが自身の労力によって獲得するのであるから、天災による損害は結局各個人めいめいの・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・彼には、堪える丈堪えたのだと云う自己に対する承認とともに万事を放擲した心境が、一種の感傷癖でなつかしく思われたのだろう。 又、彼のすばしこさで、この事件に対する世人の good will も分ったに違いない。彼の、「自分の決心は定って居・・・ 宮本百合子 「有島武郎の死によせて」
・・・は一つの古典として読まれるに堪えるものになったであろう。 葉子が自分の乳母のところで育てさしている娘定子に執着し、愛している情は筆をつくして描かれている。葉子の優しい心、女らしさ、母らしさの美を作者はここで描こうとしている。 定子を・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・ それだけでさえも、気のせまいお君には、堪えるのが一仕事である。 始め、妙に悪寒がして、腰が延びないほど疼いたけれ共、お金の思わくを察して、堪えて水仕事まで仕て居たけれ共、しまいには、眼の裏が燃える様に熱くて、手足はすくみ、頭の頂上・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・いわゆる新人にとっても、傍からそれを目撃するものにとっても、これは堪えるに容易でない一つの愚弄である。 文学的新世代の萌芽 真の文学的新世代の萌芽は、そのようなむずかしく、渡るに難い文壇大路小路の地図を知らず、・・・ 宮本百合子 「十月の文芸時評」
・・・活動に堪える力は最大まで社会のためにと、外の仕事に動員されるのだけれど、外の仕事ではつねに、いざとなると女はどうせ家庭に入る者だから、それが一番自然で貴重な女性の任務なのであるから、とたとえば肝心の労務委員会あたりも、女性の職場での福祉につ・・・ 宮本百合子 「女性の現実」
・・・ 著者としてこれらの成果については謙遜ならざるを得ないのだけれども、今日文化の価値を知り文学を愛そうとするあらゆる人々の胸中の思いと、共に語るに堪えるだけの命は湛えていると信じる。波瀾の間に、より健全な文化への発展の希望は決して見失われ・・・ 宮本百合子 「序(『文学の進路』)」
・・・専門で分れ、文化面、生産面という活動場面で細分されている人民層である間は、抑圧とすべての形での非人間的圧迫に堪える力が弱い。このことは、人民よりも支配者たちがよく知っている。現に労働法の改悪は、日本の労働組合の分裂作業が効果を現わしてからで・・・ 宮本百合子 「前進的な勢力の結集」
・・・彼らは黙って静かにその苦しみに堪える。むしろある遠隔な土地へ行くためにはその苦しみが当然であることを感じている。たとえ眠られぬ真夜中に、堅い腰掛けの上で痛む肩や背や腰を自分でどうにもできないはかなさのため、幽かな力ない嘆息が彼らの口から洩れ・・・ 和辻哲郎 「停車場で感じたこと」
・・・ 苦患に堪える態度は一つしかない。そしてそれをベエトォフェンの面が暗示する。苦患に打ち向こうて、苦患と取り組んで、沈黙、静寂、悲痛の内に、苦患の最後の一滴まで嘗め尽くす。この態度のみが耐忍の名に価するだろう。 苦患に背を向け、感傷的・・・ 和辻哲郎 「ベエトォフェンの面」
出典:青空文庫