・・・体がいやにだるくて堪えられなかった。私は今までの異常な出来事に心を使いすぎたのだろう。何だか口をきくのも、此上何やかを見聞きするのも憶却になって来た。どこにでも横になってグッスリ眠りたくなった。「どれ、兎に角、帰ることにしようか、オイ、・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・平田もじッと吉里を見ていたが、堪えられなくなッて横を向いた時、仲どんが耳門を開ける音がけたたましく聞えた。平田は足早に家外へ出た。「平田さん、御機嫌よろしゅう」と、小万とお梅とは口を揃えて声をかけた。 西宮はまた今夜にも来て様子を知・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・即ち薬剤にて申せば女子に限りて多量に服せしむるの意味ならんなれども、扨この一段に至りて、女子の力は果して能く此多量の教訓に堪えて瞑眩することなきを得るや否や甚だ覚束なし。既に温良恭謙柔和忍辱の教に瞑眩すれば、一切万事控目になりて人生活動の機・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・で、この方面の活動だと、ピタッと人生にはまッて了って、苦痛は苦痛だが、それに堪えられんことは無い。一層奮闘する事が出来るようになるので、私は、奮闘さえすれば何となく生き甲斐があるような心持がするんだ。 明治三十六年の七月、日露戦争が始ま・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・何ともわからぬので不思議に堪えなかった。だんだん歩いている内に、路が下っていたと見え、曲り角に来た時にふと下を見下すと、さきに点を打ったように見えたのは牛であるという事がわかるまでに近づいていた。いよいよ不思議になった。牛は四、五十頭もいる・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・けらいや人民ははじめは堪えていたけれどもついには国も亡びそうになったので大王を山へ追い申したのだ。大王はお妃と王子王女とただ四人で山へ行かれた。大きな林にはいったとき王子たちは林の中の高い樹の実を見てああほしいなあと云われたのだ。そのとき大・・・ 宮沢賢治 「学者アラムハラドの見た着物」
・・・魯迅は「そこの家の虐遇に堪えかねて間もなく作人をそこに残して自分だけ杭州の生家へ帰った」そして、病父のためにえらい辛酸を経験した。 作人はその間に、魯迅と一緒にあずけられた家から祖父の妾の家へ移って、勉学のかたわら獄舎の祖父の面会に行っ・・・ 宮本百合子 「兄と弟」
・・・ 某はこれ等の事を見聞候につけ、いかにも羨ましく技癢に堪えず候えども、江戸詰御留守居の御用残りおり、他人には始末相成りがたく、空しく月日の立つに任せ候。然るところ松向寺殿御遺骸は八代なる泰勝院にて荼だびせられしに、御遺言により、去年正月・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
・・・今まではしばらく堪えていたが、もはや包むに包みきれずたちまちそこへ泣き臥して、平太がいう物語を聞き入れる体もない。いかにも昨夜忍藻に教訓していたところなどはあっぱれ豪気なように見えたが、これとてその身は木でもなければ石でもない。今朝忍藻がい・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・「お前、行かにゃ何んにもならんが。」「もうお前、ひ怠るてひ怠るて歩けるか。」「たったそこまでやないか、向うまで行ったら締めたもんや。お前図々しい構えてりゃことがあるかい。」「堪えてくれ。もうもうお前、今夜あたりでも参るかもし・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫