・・・ この南東を海に面して定期船の寄港地となっている村の風物雰囲気は、最近壺井栄氏の「暦」「風車」などにさながらにかかれているところであるが、瀬戸内海のうちの同じ島でも、私の村はそのうちの更に内海と称せられる湖水のような湾のなかにあるので、・・・ 黒島伝治 「短命長命」
・・・ 最後に会ったのは、壺井栄さんの『暦』の出版のおよろこびの集りの時であった。短い間であったが心持よく世間話をした。そのときの小熊さんは、特徴ある髪も顔立ちも昔のままながら、相手と自分との間の空気から自分の動きを感じとろうとしてゆくような・・・ 宮本百合子 「旭川から」
・・・佐多稲子、松田解子、平林たい子、藤島まき、壺井栄などがそうである。これらの婦人作家は、みな少女時代から辛苦の多い勤労の生活をして来て、やがて妻となり母となり、本当に女として生きてゆく希望、よろこび、その涙と忍耐とを文学作品に表現しようとして・・・ 宮本百合子 「明日咲く花」
・・・江口渙、壺井繁治、今野大力などアナーキストであった作家詩人が、次第に共産主義に接近しつつあった。無産派文学団体の改組が頻繁に行われた。第一次大戦後のドイツではこの一九二三年にあのインフレーション、マークの下落が起った。その情勢が、ドイツ・フ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第二巻)」
・・・たった一人そこに住んでいた作者の生活は、近所の壺井繁治同栄、窪川稲子、一田アキなどの友情で扶けられた。生活感情の全くちがう父の家の雰囲気では、そのころのわたしの妻としての心痛や緊張の思いが日常生活のうちに自然な発露を見出せなくてやってゆけな・・・ 宮本百合子 「解説(『風知草』)」
・・・夕飯を壺井さん[自注6]と三人でスキヤキをたべて、それから東京駅へお送りして行って、九時ので大阪までお立ちになりました。もう五分くらいしかないので、私が寝台から出て来ようとすると、どっかで林町の父のお得意の口笛の音がするので、キョロキョロし・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・百合子の「小祝の一家」壺井栄「廊下」等は今野大力の一家の生活から取材されている。 七月十九日 〔市ヶ谷刑務所の顕治宛 駒込林町より〕 七月十九日 日曜日 午後四時 第三信 蝉の声がしている。ピアノの音がしている。・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・あなたのトンビは、今考えれば本当に惜しいけれど、壺井さんが帰った時、勤めに行くのに着るものがなくて、あまり困ったのであげて、今でも大事に着ています。私達の通知状を世話やいてくれたし、そんなこんなでまわしたのですが、黙ってそんなことをしていけ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
壺井栄さんの「大根の葉」という小説が書きあげられたのは昭和十三年の九月で、それが『文芸』に発表されたのは十四年の早春のことであったと思う。それから後に書いた「暦」と他の短篇とを合わせて『暦』という短篇集が出たのは去年の三月・・・ 宮本百合子 「『暦』とその作者」
・・・ 当時の事情はこの一方諷刺文学、諷刺詩の欲求を生み、中野重治、壺井繁治、世田三郎、窪川鶴次郎その他諸氏によっていくつかの諷刺詩が発表された。『太鼓』は諷刺詩をのせて時代への太鼓として発刊された。 獄中生活者を描いて出場した島木健作氏・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
出典:青空文庫