・・・ それだからこうやって、夜夜中開放しの門も閉めておく、分ったかい。家へ帰るならさっさと帰らっせえよ、俺にかけかまいはちっともねえ。じゃあ、俺は出懸けるぜ、手足を伸して、思うさま考えな。」 と返事は強いないので、七兵衛はずいと立って、・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・たのしみは、夜夜、夢を見ることであった。青草の景色もあれば、胸のときめく娘もいた。 或る朝、三郎はひとりで朝食をとっていながらふと首を振って考え、それからぱちっと箸をお膳のうえに置いた。立ちあがって部屋をぐるぐる三度ほどめぐり歩き、それ・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・ ある夜夜ふけての帰り道に芋屋の角まで来ると、路地のごみ箱のそばをそろそろ歩いているおさるの姿を見かけた。近づいて頭をなでてやると逃げようともしないでおとなしくなでられていた。背中がなんとなく骨立っていて、あまり光沢のないらしい毛の手ざ・・・ 寺田寅彦 「子猫」
出典:青空文庫